2017年07月07日
新撰組と河童の妙薬~東京(日野)と茨城(行方)~
新撰組と河童の妙薬~東京(日野)と茨城(行方)~
どうも毎年梅雨の季節になると、河童が気になってくるワタクシ(^m^)
以前、茨城の河童の伝説について、何回か書きました。
●河童が教えた薬!? 茨城県下に伝わる 河童の妙薬5つ(1)
●河童が教えた薬!? 茨城県下に伝わる 河童の妙薬5つ(2)
●土浦・佐野子付近 ウォーキング
●茨城県南西の七不思議(仮)その1
●牛久市 あやめ園 と 雲魚亭
●茎崎フットパスでランニング
●牛久沼東岸 河童ハンティング!?
・・・いやあ、今まで結構、河童について書いてるなあと自分でもびっくり(^m^)
で、今回は茨城(行方)と、東京(日野)に伝わる河童話です。
しかも、どちらも新撰組がらみの『河童の妙薬』。
こう書くと新撰組好きの方には、『ああ、あれね!』と ピンと来るかと。
(1)日野の河童の妙薬『石田散薬』
(この項の写真はいずれも、2013年撮影)
ひょんな縁で、以前『とんとんむかし』(文献1)という多摩地区の昔話が書かれた本を手にいれました。
そこにも『石田散薬』の話が書かれています。
また多摩地区に住む方から、日野市史(文献2)の中の関連部分のコピーも頂きました。
あの、新撰組副長、土方歳三も若いころ、背負って売り歩いたという『石田散薬』。
打ち身の薬だったそうです(文献2)
●土方歳三資料館
東京 日野市にある土浦歳三資料館
こちらの資料館のサイト: 土方歳三資料館
にも、もちろん『石田散薬』のことが書かれていますね。
毎年、製造体験会まで行われていて、羨ましい~!
また一般社団法人 北多摩薬剤師会のサイトにも『石田散薬』について詳しく書かれています。
一般社団法人 北多摩薬剤師会
さすが、新撰組の中の一番人気。
ちなみに、資料館のある地区の住宅地は、皆さん『土方』姓で、おお!とちょっと感動。
こちらは資料館の敷地内にある、土方歳三像。
●石田寺
近くには土方家の菩提寺の石田寺もあります。
歳三のお墓もありました(たしか遺体は見つかっていないので、供養塔になるのでしょうか)。
●高幡不動
関東三大不動尊の一つ。とても大きいお寺。
土方歳三の菩提寺とのこと。
境内には、やはり土方歳三像(しかも立派)があります。
こちらの資料館にも土方歳三関係の資料が展示されていました。
手紙など読んでいるとじーんとします。
会津藩藩主の松平容保公の持ち物だったという茶器(なつめ)の展示もありました。
これは、松平家から土方歳三の遺族に贈られ、それが歳三の菩提寺の高幡不動に納められた旨の説明だったと記憶。
これも大変印象に残っています。
(2)行方地区と近郊に伝わる河童の妙薬『筋渡薬(すじわたしのくすり)』
(この項の写真はいずれも2012年撮影)
さて、茨城の新撰組関係といえば、初代局長の芹澤鴨です。
芹澤鴨が暗殺された後、近藤勇が局長になるわけです。
この芹澤鴨の生家近くにも河童の妙薬伝説が伝わっています。
詳細は、以前書いたので、そちらをご覧ください♪
●河童が教えた薬!? 茨城県下に伝わる 河童の妙薬5つ(1)
●芹澤鴨 生家跡
行方市芹澤地区。
芹澤鴨の生家に行くための道案内が看板がありました(2012年撮影)
しかしこちらは個人のお宅で、一般公開されていません。
上のページで書いている、河童の妙薬『家伝 筋渡薬(すじわたしのくすり)』の伝説の主人公は、昔、この地区を治めていた芹澤隠岐守俊幹というお殿様です(文献3)。
『筋渡薬』は、代々芹澤家で作られ、効能は、傷、くじき、打ち身、婦人病だったそうです(文献4)。
江戸時代は水戸藩が販売許可(『水戸御免)』を出していたという秘薬だったとのこと(文献4)。
芹澤鴨の家のすぐ脇には、『筋渡薬』誕生と密接に関係する『手接神社』の文字が彫られた石碑もありました。
※手接神社についても、詳細は→ 河童が教えた薬!? 茨城県下に伝わる 河童の妙薬5つ(1)
なお、芹澤鴨については、
行方市商工会のサイト: 芹澤 鴨(光幹) 新選組を創った男 - 行方市商工会
で、作家で新撰組研究家のあさくらゆう氏が、大変詳しく説明されています。
芹澤鴨についての説明は、こちらが一番詳しいサイトだと思います(wikipediaより詳しい)。
上記のサイトや、手に入る文献を読んだ限りでは、家伝薬『筋渡薬』を作っていた家系と、芹沢鴨の関係はよくわかりません(お分かりの方、ご教示頂けると幸いです)。
しかし、芹澤を名乗っていること(生家も芹澤地区)、そして芹澤氏の菩提寺である法眼寺にも鴨の供養塔があることから、芹澤氏の一族に関連する家の出は間違いないと思います。
芹沢鴨は、新撰組の中でも残念がら悪役だったりするので、ヒーロー土方歳三のように、世間的に華やかな扱いがありません。
ヒーロー土方歳三も売り歩いたという『石田散薬』は、いわば庶民が作って売っていた薬ですが、
芹澤の『筋渡し』は、水戸藩のお墨付きで売られた、云わば『紋所(もんどころ)印』の薬だったわけですよね♪
だから、もっと名前が知られても良いのにと思います。
個人的には、石田散薬のように製造体験会とかイベントがあると楽しそうなのですが、こればっかりは家伝薬なので難しいでしょうか…。
●平間重助の子孫の方のお店
芹澤鴨の生家の近くの酒屋さん 『澤屋商店』さん。
同じく新撰組だった平間重助の子孫の方のお店です。
平間重助に関しても、
行方商工会議所のサイトの『平間重助』
が詳しいです。
芹澤鴨・平間重助にちなむお酒が売られていました(2012年撮影)。
私が伺った時、ご店主の手作りチラシを頂きながら、お話を聞くことができました。
近年になって、この地区にも新撰組関係の観光案内版が立てられたそうですが、これはNHK大河ドラマ『新撰組!』が放映されて、やっと機運が高まって作られたのだそうです。
それまでは、やはり芹澤鴨のダークなイメージで、触れてはいけない雰囲気だったそうです。
やっぱり大河ドラマ、すごいなぁ。
特に私の場合、芹澤鴨は、やっぱり大河ドラマ『新撰組!」鴨役の佐藤浩市さんと、愛妾お梅さん役の鈴木京香さんのイメージが強いです。
行方市では毎年9月に、芹沢鴨の追善供養と『なめがた新選組まつり』を開催しています。
ご興味あるかたは是非♪
行方市ホームページ
●法眼寺
芹澤氏の菩提寺 法眼寺
近年、京都にあるお梅さん(芹沢鴨の愛妾)の墓の土を持ってきて、こちらに埋めて顕彰碑が作られました。
【おまけ】
新撰組関係で、特に土方歳三、芹澤鴨の両方に関わっているのが、京都の八木邸と壬生寺。
数年前に行ってきました(この項の写真はいずれも2013年撮影)。
●京都 八木邸
芹澤鴨が暗殺された場所でもあります。
ボランティアの説明員の方の迫真の説明も面白く、情景がかなりリアルに伝わってきました。
一般に芹沢鴨は憎まれ役で、説明員の方もやはり、芹沢鴨を悪役としての説明になっていて、まあしかたないのかなぁとは思いますが、茨城の住民としてはビミョーな気持ちにもなりますね。
しかも、切りつけたのは、一説によると、土方歳三だったとか・・・。
どちらも、傷薬に関連する人物なのが、妙な縁ですね。。。
(こんな切り傷もピタッと治る!…は筑波山のガマの油売り口上ですね(^m^) こちらは河童とは関係ありませんが)
●京都 壬生寺
新撰組関係のものも多い古刹。
新撰組の隊員の合祀墓があります。
そして、『芹澤鴨』のお墓も。
私が行った時には、新撰組のあの羽織を来た若い女性たちが、何人も訪れていました。何かイベントが近くであったのかな?
そして新撰組ファン(おそらくほとんどは女性)の熱い想いが伝わってくるメッセージプレート(お寺の場合は絵馬とは言わないのかな?)。形も新撰組の羽織の形。
私は特に新撰組ファンではありません(でもNHK大河ドラマ『新撰組!』は好きでした)。だから新撰組の誰かに強く思い入れすることはありませんし、どこか冷めてみてしまいますが、それでも縁のある場所に行くと、なんだか親近感も湧いてくるものですね。
********************************************************************************
【参考文献】
1.『とんとんむかし』 菊池 正 著 東京新聞出版局
2.『日野市史 民俗編』 日野市史編纂委員会
3.『茨城の河童伝承』 岡村 青 著 筑波書林
4.平成23年 特別展図録 『妖怪見聞』 茨城県立歴史館 編集・発行
【参考Webサイト】
・行方市商工会のWebサイト
芹澤 鴨(光幹) 新選組を創った男 - 行方市商工会
・行方市ホームページ
行方市ホームページ
・土方歳三資料館のWebサイト
http://www.hijikata-toshizo.jp/
一般社団法人 北多摩薬剤師会のWebサイト
http://www.tpa-kitatama.jp/shinsengumi/nazo.html
どうも毎年梅雨の季節になると、河童が気になってくるワタクシ(^m^)
以前、茨城の河童の伝説について、何回か書きました。
●河童が教えた薬!? 茨城県下に伝わる 河童の妙薬5つ(1)
●河童が教えた薬!? 茨城県下に伝わる 河童の妙薬5つ(2)
●土浦・佐野子付近 ウォーキング
●茨城県南西の七不思議(仮)その1
●牛久市 あやめ園 と 雲魚亭
●茎崎フットパスでランニング
●牛久沼東岸 河童ハンティング!?
・・・いやあ、今まで結構、河童について書いてるなあと自分でもびっくり(^m^)
で、今回は茨城(行方)と、東京(日野)に伝わる河童話です。
しかも、どちらも新撰組がらみの『河童の妙薬』。
こう書くと新撰組好きの方には、『ああ、あれね!』と ピンと来るかと。
(1)日野の河童の妙薬『石田散薬』
(この項の写真はいずれも、2013年撮影)
ひょんな縁で、以前『とんとんむかし』(文献1)という多摩地区の昔話が書かれた本を手にいれました。
そこにも『石田散薬』の話が書かれています。
また多摩地区に住む方から、日野市史(文献2)の中の関連部分のコピーも頂きました。
あの、新撰組副長、土方歳三も若いころ、背負って売り歩いたという『石田散薬』。
打ち身の薬だったそうです(文献2)
●土方歳三資料館
東京 日野市にある土浦歳三資料館
こちらの資料館のサイト: 土方歳三資料館
にも、もちろん『石田散薬』のことが書かれていますね。
毎年、製造体験会まで行われていて、羨ましい~!
また一般社団法人 北多摩薬剤師会のサイトにも『石田散薬』について詳しく書かれています。
一般社団法人 北多摩薬剤師会
さすが、新撰組の中の一番人気。
ちなみに、資料館のある地区の住宅地は、皆さん『土方』姓で、おお!とちょっと感動。
こちらは資料館の敷地内にある、土方歳三像。
●石田寺
近くには土方家の菩提寺の石田寺もあります。
歳三のお墓もありました(たしか遺体は見つかっていないので、供養塔になるのでしょうか)。
●高幡不動
関東三大不動尊の一つ。とても大きいお寺。
土方歳三の菩提寺とのこと。
境内には、やはり土方歳三像(しかも立派)があります。
こちらの資料館にも土方歳三関係の資料が展示されていました。
手紙など読んでいるとじーんとします。
会津藩藩主の松平容保公の持ち物だったという茶器(なつめ)の展示もありました。
これは、松平家から土方歳三の遺族に贈られ、それが歳三の菩提寺の高幡不動に納められた旨の説明だったと記憶。
これも大変印象に残っています。
(2)行方地区と近郊に伝わる河童の妙薬『筋渡薬(すじわたしのくすり)』
(この項の写真はいずれも2012年撮影)
さて、茨城の新撰組関係といえば、初代局長の芹澤鴨です。
芹澤鴨が暗殺された後、近藤勇が局長になるわけです。
この芹澤鴨の生家近くにも河童の妙薬伝説が伝わっています。
詳細は、以前書いたので、そちらをご覧ください♪
●河童が教えた薬!? 茨城県下に伝わる 河童の妙薬5つ(1)
●芹澤鴨 生家跡
行方市芹澤地区。
芹澤鴨の生家に行くための道案内が看板がありました(2012年撮影)
しかしこちらは個人のお宅で、一般公開されていません。
上のページで書いている、河童の妙薬『家伝 筋渡薬(すじわたしのくすり)』の伝説の主人公は、昔、この地区を治めていた芹澤隠岐守俊幹というお殿様です(文献3)。
『筋渡薬』は、代々芹澤家で作られ、効能は、傷、くじき、打ち身、婦人病だったそうです(文献4)。
江戸時代は水戸藩が販売許可(『水戸御免)』を出していたという秘薬だったとのこと(文献4)。
芹澤鴨の家のすぐ脇には、『筋渡薬』誕生と密接に関係する『手接神社』の文字が彫られた石碑もありました。
※手接神社についても、詳細は→ 河童が教えた薬!? 茨城県下に伝わる 河童の妙薬5つ(1)
なお、芹澤鴨については、
行方市商工会のサイト: 芹澤 鴨(光幹) 新選組を創った男 - 行方市商工会
で、作家で新撰組研究家のあさくらゆう氏が、大変詳しく説明されています。
芹澤鴨についての説明は、こちらが一番詳しいサイトだと思います(wikipediaより詳しい)。
上記のサイトや、手に入る文献を読んだ限りでは、家伝薬『筋渡薬』を作っていた家系と、芹沢鴨の関係はよくわかりません(お分かりの方、ご教示頂けると幸いです)。
しかし、芹澤を名乗っていること(生家も芹澤地区)、そして芹澤氏の菩提寺である法眼寺にも鴨の供養塔があることから、芹澤氏の一族に関連する家の出は間違いないと思います。
芹沢鴨は、新撰組の中でも残念がら悪役だったりするので、ヒーロー土方歳三のように、世間的に華やかな扱いがありません。
ヒーロー土方歳三も売り歩いたという『石田散薬』は、いわば庶民が作って売っていた薬ですが、
芹澤の『筋渡し』は、水戸藩のお墨付きで売られた、云わば『紋所(もんどころ)印』の薬だったわけですよね♪
だから、もっと名前が知られても良いのにと思います。
個人的には、石田散薬のように製造体験会とかイベントがあると楽しそうなのですが、こればっかりは家伝薬なので難しいでしょうか…。
●平間重助の子孫の方のお店
芹澤鴨の生家の近くの酒屋さん 『澤屋商店』さん。
同じく新撰組だった平間重助の子孫の方のお店です。
平間重助に関しても、
行方商工会議所のサイトの『平間重助』
が詳しいです。
芹澤鴨・平間重助にちなむお酒が売られていました(2012年撮影)。
私が伺った時、ご店主の手作りチラシを頂きながら、お話を聞くことができました。
近年になって、この地区にも新撰組関係の観光案内版が立てられたそうですが、これはNHK大河ドラマ『新撰組!』が放映されて、やっと機運が高まって作られたのだそうです。
それまでは、やはり芹澤鴨のダークなイメージで、触れてはいけない雰囲気だったそうです。
やっぱり大河ドラマ、すごいなぁ。
特に私の場合、芹澤鴨は、やっぱり大河ドラマ『新撰組!」鴨役の佐藤浩市さんと、愛妾お梅さん役の鈴木京香さんのイメージが強いです。
行方市では毎年9月に、芹沢鴨の追善供養と『なめがた新選組まつり』を開催しています。
ご興味あるかたは是非♪
行方市ホームページ
●法眼寺
芹澤氏の菩提寺 法眼寺
近年、京都にあるお梅さん(芹沢鴨の愛妾)の墓の土を持ってきて、こちらに埋めて顕彰碑が作られました。
【おまけ】
新撰組関係で、特に土方歳三、芹澤鴨の両方に関わっているのが、京都の八木邸と壬生寺。
数年前に行ってきました(この項の写真はいずれも2013年撮影)。
●京都 八木邸
芹澤鴨が暗殺された場所でもあります。
ボランティアの説明員の方の迫真の説明も面白く、情景がかなりリアルに伝わってきました。
一般に芹沢鴨は憎まれ役で、説明員の方もやはり、芹沢鴨を悪役としての説明になっていて、まあしかたないのかなぁとは思いますが、茨城の住民としてはビミョーな気持ちにもなりますね。
しかも、切りつけたのは、一説によると、土方歳三だったとか・・・。
どちらも、傷薬に関連する人物なのが、妙な縁ですね。。。
(こんな切り傷もピタッと治る!…は筑波山のガマの油売り口上ですね(^m^) こちらは河童とは関係ありませんが)
●京都 壬生寺
新撰組関係のものも多い古刹。
新撰組の隊員の合祀墓があります。
そして、『芹澤鴨』のお墓も。
私が行った時には、新撰組のあの羽織を来た若い女性たちが、何人も訪れていました。何かイベントが近くであったのかな?
そして新撰組ファン(おそらくほとんどは女性)の熱い想いが伝わってくるメッセージプレート(お寺の場合は絵馬とは言わないのかな?)。形も新撰組の羽織の形。
私は特に新撰組ファンではありません(でもNHK大河ドラマ『新撰組!』は好きでした)。だから新撰組の誰かに強く思い入れすることはありませんし、どこか冷めてみてしまいますが、それでも縁のある場所に行くと、なんだか親近感も湧いてくるものですね。
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【参考文献】
1.『とんとんむかし』 菊池 正 著 東京新聞出版局
2.『日野市史 民俗編』 日野市史編纂委員会
3.『茨城の河童伝承』 岡村 青 著 筑波書林
4.平成23年 特別展図録 『妖怪見聞』 茨城県立歴史館 編集・発行
【参考Webサイト】
・行方市商工会のWebサイト
芹澤 鴨(光幹) 新選組を創った男 - 行方市商工会
・行方市ホームページ
行方市ホームページ
・土方歳三資料館のWebサイト
http://www.hijikata-toshizo.jp/
一般社団法人 北多摩薬剤師会のWebサイト
http://www.tpa-kitatama.jp/shinsengumi/nazo.html
結城での研修と、結城土産
続・源氏物語に出てくる 『筑波山』
『光る君へ』 と常陸国 ~伊勢大輔と平維幹と平為賢~
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Posted by かるだ もん at 20:12│Comments(0)│茨城&つくば プチ民俗学・歴史
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