シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (7) 橘川・迎来橋(後編)


江戸中期の”ガイドブック” 『筑波山名跡誌』(上生菴亮盛 著)(文献1)に書かれた名所・旧跡を訪ね、興味のおもむくまま♪ 関連する話題も調べるシリーズです。
(筑波山名跡誌に記載されている順ではありませんので、その点、ご了承ください)

シリーズ第7回は、『橘川(たちばながわ)と 迎来橋(こうらいのはし)』を2回に分けて紹介しています。

前回の記事

豆電球シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (7) 橘川・迎来橋(前編)

後編の今回は迎来橋』についてです。


【迎来橋の名のいわれ】

筑波山名跡誌(文献1)では、『かうらいのはし』とふりがなが書かれている『迎来橋』

同書によると、地元の言い伝えとして、
能(よく)神慮にかなふ人此山に詣で来る時は、神霊凡人の皃(かたち)を現し、茲(ここ)に来り迎えて慰諭(なぐさみさと)し給へば迎来の橋と名付(なづ)くという
とのこと。

つまり、神仏の目に適った人がこの橋を渡ろうとすると、神仏が直接お迎えに来てくれて、これからの厳しい登山の道を登るのを励ましてくれるということでしょうかグッド


また、このシリーズ第五回観流庵 前編でも紹介した、室町時代の連歌師、宗祇法師が筑波山を訪れた時に、この橋に一人の老翁がいて、
道のべのちりに光りをやわらけて迎ひ来にけり橘の川
と読んだので、宗祇法師は返歌として、
道のべのしらぬあづまのはてにしも迎ふる人のあれは来にけり
と歌って返した・・・ということで『迎来』と名付けたという逸話も紹介しています。


【迎来橋があった場所は?】

筑波山名跡誌の文章と挿絵から、
・場所は 田井から臼井へ向かう道の途中らしい。江戸時代の参詣の道とすると、『つくば道』にかかる橋か?
・臼井村からは道が険阻になり、道筋に大きな石が多く、馬籠で登るのは難しい旨の記述。
・筑波山名跡誌の挿絵では、平坦な場所に流れる川に渡る橋のよう。道は集落をつないでいるよう?


写真は同じ臼井の集落にある、飯名神社。
傾斜が厳しくなっていく途中にあり、ご神体の大岩はもちろん、境内にもその周りにも大小の岩(筑波山山頂から風化して転がり落ちてきた斑レイ岩)がゴロゴロしています。


筑波山名跡誌の記述だけでは、橋の場所がはっきりしないので、ここで、またまた『常陸国筑波山縁起』(国立公文書館所蔵)の絵図(文献2)を見てみると…

神郡の集落から筑波山へ向かう『つくば道』が、臼井の集落に差し掛かる直前の細い川の流れにかかる橋に『来迎橋』の名が書かれてます。
絵図の中で、来迎橋がかかっている川は、前回紹介した『橘川』です。



前回考察したように、つくば道と直角に交わる道(立野の集落・六所神社跡~沼田・旧筑波鉄道筑波駅跡をつなぐ道)の脇を流れる用水路が、橘川と考えられます。

来迎橋があったのは、現在の位置としては、ちょうど写真の中央付近、道がクロスしているあたりかと思われます。






奇しくも、『筑波山麓フットパス』の標識(濃い茶色の金属製の細い棒のような標識)が立っています。

この川を越えると、筑波山名跡誌にも書かれているように、道(= つくば道)は上り坂になっていきます。






このあたりは、鳥獣保護区域でもあります。
やはり、神仏が自ら迎来して、登山を励ましてくれる場所です♪キラキラ









【迎来橋はパワースポット?!】

今はもう、『橋』の姿はないただの細い道の交差点ですが、神仏の目に適った人は、迎えに来られた神仏と一緒にこの急な登り坂を登って、拝殿のある筑波山神社や、本殿のある女体山山頂・男体山山頂に行けるパワースポットかもしれません!グッド


もっとも、行く先の目の前にどーんと聳える筑波山(女体山&男体山)が、すでに神仏そのものとも言えますね♪(^^)v

迎来橋のあった付近に、ちょうどフットパスの標識もあることですし、前回書いた『橘川』の名前の由来とともに、『迎来橋』の由来や、前述した宗祇法師の話に出てくる和歌も素敵なので、是非、看板で掲載したら良いのではないかなと思いますハート

つくば市関係者の方、地元の方、是非ご検討下さいませちょき


このシリーズ、ぼちぼち続きます♪



シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」  今までの記事

豆電球シリーズ『筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて』 (1)常陸帯宮(前編)
豆電球シリーズ『筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて』 (1) 常陸帯宮(後編)
豆電球 シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (2) 男女川(水源)
豆電球シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (3)夫女之原、夫女石
豆電球シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (4)亀之岳
豆電球シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」(5)観流庵(前編)
豆電球シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (5)観流庵(後編)
豆電球 シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (6) 酒香川
豆電球シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (7) 橘川・迎来橋(前編)


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【参考文献】

1.『筑波山名跡誌 ―安永期の貴重な地誌再現―』 上生庵亮盛 著 桐原光明 解説  筑波書林

2.『平成24年度特別展 筑波山―神と仏の御座す山―』 茨城県立歴史館 編集・発行
   p.90 『常陸国筑波山縁起 下巻 「筑波山南面の図」』

3.『いまに残る郷土の文化遺産 つくばの古絵図』
   p.32-33 『筑波町沼田村と臼井村神郡村水論裁許絵図』
   元禄七年(1694年)

4.『関東の名山 筑波山 筑波山神社案内記』
   p.34-35 『筑波町沼田村と臼井村神郡村水論裁許絵図写』
元禄七年(1694年)原図の写し

5.『筑波山麓フットパス 神郡~六所~筑波』マップ つくば市 発行









  

シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (7) 橘川・迎来橋(前編)


江戸中期の”ガイドブック” 『筑波山名跡誌』(上生菴亮盛 著)(文献1)に書かれた名所・旧跡を訪ね、興味のおもむくまま♪ 関連する話題も調べるシリーズです。
(筑波山名跡誌に記載されている順ではありませんので、その点、ご了承ください)

今までのお話
豆電球シリーズ『筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて』 (1)常陸帯宮(前編)
豆電球シリーズ『筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて』 (1) 常陸帯宮(後編)
豆電球 シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (2) 男女川(水源)
豆電球シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (3)夫女之原、夫女石
豆電球シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (4)亀之岳
豆電球シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」(5)観流庵(前編)
豆電球シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (5)観流庵(後編)
豆電球 シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (6) 酒香川


第7回は、『橘川(たちばながわ)と 迎来橋(こうらいのはし)』を2回に分けて紹介します。

筑波山名跡誌では、『橘川 迎来橋』 と、二つで一つの項目で紹介されいてます。
前編の今回は橘川』についてです。


【橘の香りがする橘川】

筑波山名跡誌の『橘川 迎来橋』の項には、
筑波麓臼井村の耕地の用水川也。
とあります。
当時から、橘川は、農業用水路だったようです。

同書では続いて、
橘は此山の名物にて、水東谷より流れ落る。水気橘の匂あれば、土人橘川と号する也。
とあります。

つまり、筑波山は橘が名産なので、山の東谷より流れる川の水には橘の香りがするので、土地の人は『橘川』と呼んでいたとのことなのです。

といえば、やはり、筑波山の名物キラキラふくれみかん(福来みかん)キラキラが浮かびますよね♪

ただし、橘の香りといっても、2種類あるかと思います。

1つは、『橘の実』の香り。つまり柑橘系の香り

もう1つは、『橘の花』の香り。ジャスミンの花にも似た甘い香りです。

どちらも大好き♪ハート

橘川の『橘』の香りは、どちらの香りだったのでしょう?ハート

多分、季節によっても違いますよねハート
橘の花が香る初夏か、実が成る秋~冬か。
どちらも、良い香りハート



写真は2018年1月に撮影。
ふくれみかんを栽培する畑。









こちらは民家の庭に植えられていた柑橘類の実。
多分、大実のキンカンのように思われます。
美味しそう♪








こちらは初夏に咲く、ふくれみかん(福来みかん)の花。
2012年6月撮影。撮影場所は、臼井よりちょっと上の、清水~西山通り付近にて。
近くを歩くと、とても良い香りがします。






【橘川はどこを流れる?】

さて、その『橘川』、いったいどこを流れる川なのでしょうか?

筑波山名跡誌の記述より、
・場所は 臼井の集落近くらしい
・当時から農業用水路

ことだけわかります。

ここで『常陸国筑波山縁起』(国立公文書館所蔵)の絵図(文献2)を見てみると…

神郡・田井の集落から筑波山へ向かう、いわゆる『つくば道』(県道筑波山)は、
鴨居川(逆川、酒香川)を渡ります。

そして臼井の集落にさしかかるところに流れる細い川に、
橘川』と書かれています。

同書の絵図では、橘川は、鴨居川(=逆川、酒香川※)の北部を、鴨居川と平行に流れる細い川として描かれています。

橘川の流れは、まず臼井村の東を流れ下り(千手川のようにも見えますが絵図なので詳細は不明)、臼井村の南側で向きを西に変え、山から流れ落ちる別の川(男女川か?)に合流するように描かれています。

ちなみに、鴨居川(逆川)も、この男女川らしい川に(橘川より南で)合流するように描かれています。
『常陸国筑波山縁起』の絵図は、イラストっぽいので、やや正確さに欠けるかもしれませんが、ひどく間違っていないないでしょう。

 ※豆電球 この鴨居川=逆川=酒香川 につきましては、前回の記事
   → シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (6) 酒香川




現地に行くと、今も細い用水路が流れています。

写真(2018年1月撮影)で、写真右にある、用水路と並行する道(手前から奥に向かう道)は、六所神社跡付近~旧筑波鉄道筑波駅跡付近をつなぐ道で、そこに交差する道(写真中央左から右に通る道)は、『つくば道』です。

写真は、六社神社跡方面を背に、旧筑波鉄道筑波駅跡方面を望んでいます。

この、道の脇を流れる細い用水路が、江戸時代の橘川に該当するように思います。

この用水路の上流は、筑波山麓フットパスマップ(文献5)を見ると、この地点より高い位置にある臼井の集落の中にあるようです。

なお、元禄七年(1694年)の筑波町沼田村と臼井村神郡村水論裁許絵図(文献3、4)は、その性格上、かなり流れを正確に描いたものと思われますが、フットパスマップ(文献5)を見ると、現在の川の流れや農業用水路は、当時と変わっているようです。

それにしても、古くからの名産 橘の香りがするからの名づけられた『橘川キラキラ
素敵な名前ですよね!ハート

ただ残念なことに地元でも忘れ去られてしまったようで、ここを訪ねた時に、道におられた二人組の方に
『橘川というのがあるどうなのですが、どこでしょうか?』
と尋ねたら
、『ここで生まれ育ったのですが、橘川という名前は聞いたことありません…』
と言われてしまいました。

名産ふくれみかんの木は、現在も川の流れ沿いのあちこちの民家で見かけますし、是非、優雅な『橘川』という名前を復活キラキラさせて、看板に掲げたら良いのになぁと思います(^^)

後編に続きますちょき

シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (7) 橘川・迎来橋(後編)



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【参考文献】

1.『筑波山名跡誌 ―安永期の貴重な地誌再現―』 上生庵亮盛 著 桐原光明 解説  筑波書林

2.『平成24年度特別展 筑波山―神と仏の御座す山―』 茨城県立歴史館 編集・発行
   p.90 『常陸国筑波山縁起 下巻 「筑波山南面の図」』

3.『いまに残る郷土の文化遺産 つくばの古絵図』
   p.32-33 『筑波町沼田村と臼井村神郡村水論裁許絵図』
   元禄七年(1694年)

4.『関東の名山 筑波山 筑波山神社案内記』
   p.34-35 『筑波町沼田村と臼井村神郡村水論裁許絵図写』
元禄七年(1694年)原図の写し

5.『筑波山麓フットパス 神郡~六所~筑波』マップ つくば市 発行



  

飯名神社の初巳祭 と 真壁伝承館の企画展『追憶の筑波鉄道』


★飯名神社の初巳祭へ

飯名神社初巳祭に初めて行ってきました。
今年2018年は2月18日(日)の開催。



晴天晴れに恵まれ、目の前の筑波山も美しいキラキラ











午前中ですがかなりの人出。
屋台もいろいろ出ていて気分も盛り上がりますグッド

こちらは民家の庭先で売られている植木
花類の他に、かんきつ類が結構目立ちました。
筑波山名物、ふくれみかん(福来みかん)の苗木はもちろん、桜島小みかんの苗木など、珍しいものも。






竹細工を売る露店。
竹細工って良いですね(*^^*)ハート










茨城のお祭りの屋台名物、煮いかの屋台も、何件かありました。
(今年はするめいかが不漁のせいか、例年より高めかな)










幟も立てられ、賑わう飯名神社。












境内には、臨時社務所でお札などが売られ、他にもだるま熊手を扱うお店も出ていました。










冬の木漏れ日に輝く熊手。











臨時社務所で、飯名神社のお札と、『福来御種銭』を購入。

初めて『福来御種御守』を頂く人は、300円払って購入。
1年間お財布に入れて、翌年、また初巳祭に来た時に、中の種銭(10円)をお返しすると、新しい種銭を頂けて、それをまたお財布に入れておく…というシステムみたいです。
※倍にしてお返しする…という説も聞いたのですが、どちらでしょう??








飯名神社のお神輿でしょうか。
筑波山の御座替神事の時のお神輿とも似ていますね。

 豆電球筑波山の御座替神事については、以前書いた記事も良かったら♪
 → 筑波山神社 春の御座替神事(神幸祭) 2017 







拝殿でのお参りの後、後ろの御神体の大岩の祠にもお参り。
考えてみると、御神体に登っちゃうのってすごいですよね。
『全山パワースポット』の筑波山もそうですが(^^;)。
 









境内には、御神体の大岩の他にも大きな岩があり、やはり注連縄で飾られていました。











参拝後、境内裏手を流れる男女川で、銭洗いをしました。

ここの御近所に住んでおられるという御夫婦が、『昔は祭礼でも人が少なかったのに、ここ数年、参拝客が増えてるんですよ』とのこと。








帰りがけに、参道の露店で、霞ヶ浦産の茹で川エビお漬物を購入。

写真は、霞ヶ浦の川エビを売る露店。
茹で川エビは試食も出来るし、川エビと野菜の揚げたてのかき揚げも試食♪
稚エビなので柔らかいし、味が濃くて美味しい(*^^*)
塩茹でしただけの川エビは、つくばではなかなか手に入らないので嬉しい(行方から売りに来られているとのこと)。








★真壁伝承館の『追憶の筑波鉄道』展へ

さて、飯名神社への参拝の後、足をちょっと伸ばして、桜川市真壁まで。
途中、我が家のソウルフード♪ べんべら庵のトマトラーメン(べんべら庵さんが、つくばの竹園で『べんべら』をされている時からの家族全員がファン)を食べてから、真壁伝承館へ。


この期間、真壁は有名なひな祭りの真っ最中でしたが、今回は真壁伝承館で開催中の企画展『追憶の筑波鉄道~鉄道から自転車道へ~を見に行くのが目的でした。
(企画展は2018年2月3日~5月6日までの開催)

真壁の街中も、かなりの人出。
イベント開催中のため通行止め箇所も多く、ちょっと大変でした。

真壁伝承館では、企画展の他、ひな祭り関係のイベントも開催中で、親子連れでにぎわっていました。
琴の生演奏がずっと流れていたり、良い雰囲気笑


伝承館の図書館にも、おひなさまの展示が。












こちらの図書館で飾られているお雛様は、本を持っていました!
手作りのミニチュア本で、『源氏物語』とか日本の古典の題名が書かれていたのはさすが♪










企画展パンフレット
展示物の他、当時を知る人には懐かしい写真も掲載されていて、お勧めだと思いますちょき
300円でお手頃です。

企画展の展示で個人的にツボキラキラだったのが、真壁城から『出土』した、汽車土瓶と呼ばれる、駅弁と一緒に買われたお茶が入っていた焼き物の小型の土瓶や、土浦の販売店の字が入った牛乳瓶

大正から昭和初期のものだそうです。
筑波鉄道は真壁城跡の西側を通っていて、真壁駅が城跡にあったそうなので、多分、使用後にゴミとして捨てられたものが、発掘されたのですね(^^;)。

国史跡『真壁城』から発掘されたものと聞くと、中世の遺物かと思っちゃいますが、そんな近年のものも出てくるとは!

でも、筑波鉄道は一度乗りたかったなぁ・・・。


今は自転車道『りんりんロード』となっていますが、イベントで、豆電球電車型のバス(よく遊園地で走っているタイプ。ひたち海浜公園でも走っているタイプの)を走らせると、絶対人気になると思うグッドのですが。

豆電球馬車でも良いですよねキラキラ
筑波山をバックに、のんびり、ぽくぽく、馬車に揺られてハート


もし関係者の方、この記事をご覧になられたら、ご検討してみてください(^o^)












  

シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (6) 酒香川


江戸中期の”ガイドブック” 『筑波山名跡誌』(上生菴亮盛 著)(文献1)に書かれた名所・旧跡を訪ね、興味のおもむくまま♪ 関連する話題も調べるシリーズです。
(筑波山名跡誌に記載されている順ではありませんので、その点、ご了承ください)

今までのお話
豆電球シリーズ『筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて』 (1)常陸帯宮(前編)
豆電球シリーズ『筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて』 (1) 常陸帯宮(後編)
豆電球 シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (2) 男女川(水源)
豆電球シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (3)夫女之原、夫女石
豆電球シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (4)亀之岳
豆電球シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」(5)観流庵(前編)
豆電球シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (5)観流庵(後編)


第6回は、『酒香川』 です。



【逆川、酒香川、酒匂川、鴨居川】

筑波山名跡誌(文献1)に出てくる『酒香川』。
読みは『さかがわ』。


現在の川の名『逆川(さかさがわ)』は、筑波山名跡誌では『誤りなり』とされています汗

また他にも、『酒匂川』 『鴨居川』(筑波山麓フットパスマップ より)とも呼ばれるそうですが、
ここでは、筑波山名跡誌にならい酒香川』と表記します。
(写真は2018年1月撮影)




逆川(= 酒香川)は桜川の支流。
筑波山の南麓、つくば市の神郡地区・臼井地区を東西に流れ、桜川に合流する川です。

春になると川べりの色とりどりの花桃がきれいですハート
(写真は2017年4月撮影)






筑波山名跡誌では、『キラキラ酒が香る川』の理由として、面白い伝説を記載しています。

以下、文献1から引用しますと、
筑波権現の末社に神酒造(みきつくり)の神あり。祭神は保食(みけもち)神の御子 豊宇気比女神(とようけひめのかみ)也。此社の辺(ほとり)常に酒匂(さけにおひ)あり。是岩洞(このいわや)より涌出る故に酒匂川と名付り也。

『筑波権現の末社』ということで、筑波山中のどこかに、神酒造りの神様を祀るお社があるようなのです!

で、そのお社の近くはいつもお酒に匂いハートがしていて、お社のある岩洞からの流れ出る水が『酒香川』になっているとか?!グッド



【“酒香る”岩洞は、筑波山中のどこに?】

しかし、筑波山名跡誌では、この神酒造りのお社/岩洞窟 がどこかは書かれていません。

そこで、古来からの筑波山禅定のコースにあるのでは?と思い、宮本宣一著『筑波歴史散歩』(文献2)を調べると、

第四十番 おサカ倉イワヤ
とあり、
酒樽が並んでいるような格好をしたイワヤ』で、『祭神はウケモチノカミ(保食神)の子 トヨウケヒメノ神(豊宇気比女神)である。このイワヤより流れる川をサカカ(酒香)川という。麓に流れるとサカサ(逆)川といわれる
とあるではありませんか!

この『おサカ倉イワヤ』が、筑波山名跡誌にある『筑波権現の末社』の『神酒造りの神』=『豊宇気比女神』のお社のある場所に間違いないでしょう笑

しかしこの『おサカ倉イワヤ』の場所は、同書でもはっきりは分からない。

そこで、筑波町史史料集(文献3)にある、『筑波山遺跡図』を見てみると…。
『55 御酒倉
とあり、その場所も地図上に記載されていました!ちょき

御酒倉』は、女体山の側で、屏風岩の下の方
つくば側から見て、弁慶七戻りなどの奇岩群の向こう側、石岡側へやや下った辺りの山中に『55 御酒倉』と記されています。

つまり、『酒香川』が流れる筑波山の南側山麓(つくば市側)からみると、
筑波山女体山頂から続く稜線の向こう側 = 石岡市側(北側)
に『御酒倉』がある
のです・・・。


【酒香川の源流は…】

これでは御酒倉/おサカ倉(石岡市)から湧き出た水は、地理的・物理的に決して稜線は越えられず、筑波山女体山南麓のつくば市側へは流れないで、そのまま女体山北麓の石岡市側に流れるのが自然です(多分、恋瀬川の支流になるかと)。

つくば市の神郡地区を流れる逆川(酒香川)は、地図・地形図をみても、女体山の稜線の南側(つくば市側)が沢の始まりです。

山にトンネルでもない限り、稜線を越えて石岡側からつくば市側への水の流れは、あり得ない汗

『おサカ倉/御酒倉のイワヤ』は山深い場所にあり、でごく一部の修行僧だけに知られた修行場所だったことでしょう。。

なので、『御酒倉』の形の噂と伝説をベースに、
酒香川の水源となる沢の方角から、『御酒倉』に端を発する水だろう…
という 憶測と願望 から、

『酒の香り』がする(気がする♪) → 『酒香川(さかがわ)』ハート

になったのかもしれませんね(*^^*)。


写真は、酒香川=逆川の上流、六所の滝付近。
この更に上流に、白滝があります。
(2015年8月撮影)

個人的には『さかがわ』の字は、現在の『逆川』でなくて、『酒香川』の方がロマンがあって好きですが。
※なお、文献2では、『酒香川』が『逆川』と書かれうようになったいわれも書かれています。これは後述の【おまけ1】にて。




【石岡地区の酒伝説】

『御酒倉』のイワヤ(岩洞)は、筑波山女体山の石岡市側にあることがわかりました。
石岡には『養老滝』伝説に似た、『親は諸白 子は清水』伝説が同市村上地区伝わっています。
孝行息子が美酒が湧いている場所を見つける伝説です、
 豆電球詳細は(以前書いた記事) → 大人の♪いばらき おとぎ話1-(1) 茨城の酒にまつわる昔話―茨城の地酒をより楽しむために―

『御酒倉から流れる水』の噂が、石岡の『子は清水』伝説に繋がっていると楽しいのですが・・・。

筑波山(女体山)付近からの水の流れは、地形的には恋瀬川へと続いていくと考えられます。

伝説が伝わる村上地区は、恋瀬川からやや離れている龍神山のすぐ麓。
村上地区に直接流れるのは(古くから雨乞い信仰のある)龍神山からの水の流れでしょう。

その龍神山からの流れも最後は恋瀬川に合流すると考えられますが、『子は清水』伝説は、『御酒倉』伝説とは多分別系統だろうと思います。う~ん、ちょっと残念~泣


【筑波山麓は酒どころ】

いずれにせよ、筑波山麓のまわりには造り酒屋が多く、古くから酒どころです。
『筑波山水系』は、酒どころ茨城の一端を担う、一大水系。
 豆電球参考→ 茨城県酒造組合ホームページ

筑波山の中にあるという、酒樽の形をした岩に思いをはせながら、山麓の地酒を楽しみましょう♪ハート


【おまけ1】

『さかがわ』が、麓では『逆(さかさ)川』と書かれるようになった理由の伝説
文献2によると、

あらすじ:
田植えをしている農家の人のところに、河童が水泳の競争を挑んできた。
『人間が負けたら、人間の”精”をくれ。河童が負けたら、この川の水を逆流させてみせる』
ということで、競泳を始めた。
河童は水中で人間のフンドシを取って精を取ろうとしたがフンドシは取れず、競争に負けてしまった。
河童は田植えなど手伝ってしばらく経った後、神通力を見せて、川の流れを逆流させた。
・・・だから、この川は『逆川(さかさがわ)』という

 
逆川は桜川に合流し、その桜川は土浦の佐野子を通り、最後に霞ヶ浦に注ぎます。

文献2の著者の宮本宣一氏も触れていますが、
佐野子には、有名な河童伝説と、河童の手のミイラが伝わっていますグッド

豆電球佐野子の河童(かっぱ祭りと河童の手のミイラ)については、以前詳しく書きましたので、良かったらちょき
  → 佐野子のかっぱまつり
  → 茨城県南西の七不思議(仮)その1



【おまけ2】

『おサカ倉イワヤ』/『御酒倉』の近くには、もう一つ、お酒にちなんだ名前の岩洞・遺跡名があります(文献2、3)。

●『おコウジ倉イワヤ』/『お麹の窟』: 文献2によると『酒の麹を作る格好をしたイワヤ』とのこと

もしかすると大昔、ここで本当にお神酒が作られていたのかもしれませんねハート…伝説ロマン♪


このシリーズ、ぼちぼちと続きます♪
 → シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (7) 橘川・迎来橋(前編)


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【参考文献】

1.『筑波山名跡誌 ―安永期の貴重な地誌再現―』 上生庵亮盛 著 桐原光明 解説  筑波書林

2.筑波歴史散歩  宮本宣一著 日経事業出版センター

3.筑波町史 史料集第7篇 筑波町史編纂委員会

4.『筑波山麓フットパス 神郡~六所~筑波』マップ つくば市 発行












  

絵解きに挑戦!筑波山神社境内社の装飾彫刻2 ~春日神社日枝神社両社拝殿


筑波山神社の境内社(厳島神社・日枝神社本殿・春日神社本殿・日枝春日両社拝殿)の装飾彫刻の意味の読み解きにトライするシリーズ。

今までの記事

第1回: 厳島神社(前編・後編)
 豆電球絵解きに挑戦! 筑波山神社 境内社装飾彫刻1~厳島神社(前編)

 豆電球絵解きに挑戦!筑波山神社 境内社装飾彫刻1~厳島神社(後編)


2回目の今回は、春日神社日枝神社両社拝殿の装飾彫刻です。



(2) 春日神社日枝神社両社拝殿


筑波山神社拝殿に向かって右手、東に位置する場所に、春日神社・日枝神社が並んであります。
その手前に春日神社日枝神社両社拝殿があります。
 (ちなみに、筑波山神社と両社拝殿の間に、マルバクスの木があります)

こちらの拝殿で、春日神社も日枝神社も一緒に参拝出来るシステム(?)なわけですグッド

『常陸七福神』の恵比寿像が筑波山神社に祀られているため、赤地に白抜きの字で『奉納 えびす神』と書かれたのぼり旗が奉納されている時もありますね。

たくさんの赤いのぼり旗に加え、恵比寿さんのご朱印の案内も置かれているので、常陸七福神の恵比寿像はてっきりこちらの拝殿にいつも安置されていると思っていたのですが、筑波山神社拝殿に安置されていたり、こちらに安置されていたり、状況に応じているよう…?

---- (3/4追記) -----
表に恵比寿さんのご朱印の案内が置かれている、左側の間に恵比寿像らしい像が安置されています。
暗くて見えにくいのですが・・・。
その隣(奥)には太鼓が置かれていましす。
ちなみに向かって右の間(日枝神社のの前)には、お神輿と、壁には大きな天狗のお面があります。
(左右の間は暗いこともあり、注意して見たことがなかったので、今回あらためて確認しました)
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で、本来は、その後ろに並ぶ春日神社と日枝神社の両社の拝殿です。
中央の間に御幣が置かれ、左右には部屋があるようなので、それぞれの部屋でそれぞれの神社の神事を行っているのではないかと想像します。

さて、春日・日枝両社拝殿も、寛永十年(1633年)、三代将軍 徳川家光が寄進したもので、茨城県指定文化財です。
全体的にシンプルなデザインですが、一か所だけ、建物の正面上部の蟇股(かえるまた)に、装飾彫刻がありますちょき


★前面の蟇股: おしどりの雄 と 水葵


下から見上げると、鰐口(わにぐち)の陰になって見えにくいのですが、水鳥らしい鳥 と 植物の彫刻。

水鳥は、特徴的な銀杏の葉のような形の飾り羽から、おしどりの雄かと思われます。
ちなみにこの飾り羽は、『思い羽(おもいば)』と呼ぶそうです。

一般に水鳥の装飾は、火を防ぐおまじないの意味があるようです。
おしどりも水鳥。
なので、こちらの両社拝殿に加え、春日神社本殿及び日枝神社本殿の火伏せ(防火)を祈願しているのかもしれません豆電球

また水鳥の彫刻は水辺の植物がセットになっていることが多いようで、こちらの彫刻の植物は、葉の形から水葵(みずあおい)のようです。白い花と共に黄緑色のハート型の葉と、水面の波が彫られています。

寄進者が三代将軍徳川家光なのを考えると、徳川家の葵の御紋の『葵』に葉の形が似た『水葵』を使ったのかな?とも思えますが、真相はいかに?

さて、寺社の装飾彫刻では、おしどりはつがいで二羽一緒に彫られていることが多いようですが、こちらは雄一羽ですね。

『おしどり』は漢字で書くと『鴛鴦』(エンオウ)ですが、『鴛』(エン)は雄のおしどり、『鴦』(オウ)は雌のおしどりを指すそうです。どちらも訓読みは『おしどり』または『おし』。
するとこちらの彫刻は、雄のみなので『鴛』の彫刻ですね。


------- (3/4 訂正と追記) -------
以前書いたものには『おしどりの雌の彫刻がない』旨を書きましたが、後日、確認に行ったところ、背面の蟇股におしどりの雌のらしい彫刻があるのを確認しました。

以前の記事を修正すると共に、以下の記事を追記させて頂きました。
(なお、以前の誤謬の含む記事は、見え消しと色彩を薄くして後ろに掲載させて頂いています)



★背面の蟇股: おしどりの雌 と 水葵

『つがい』で彫られるのが一般的な、おしどり(鴛鴦(エンオウ))。
では、雌のおしどり『鴦』(オウ)の彫刻はどこに?



実は、両社拝殿の背面の蟇股に、同じく水鳥の彫刻があります。

写真は日枝神社(左手)・春日神社(右手)の裏から、両社拝殿の背面を望む。
屋根の下に蟇股があり、彫刻が彫られています。








銀杏の葉のような『思い羽』がないので、おそらく、雌のおしどりでしょう。
前面の雄の彫刻と同じく、水葵が彫られています。
波は、雄のものより荒い波なのは、何か意味があるのかな?(← どうも妙に深読みする性格で汗







★なぜ、おしどりの雄だけの彫刻なのか?

しかし、つがいで表されてこそ意味がある、『おしどり』の図像。
その『おしどり』を選んだのなら、雄雌つがいで彫られても良さそうなものですが、雄だけなのは何故なのでしょう?


先にも書きましたが、この両社拝殿の装飾彫刻は前面の蟇股だけで、他には彫刻は見当たりません。
なので、左にある写真のとおり、背面に雌のおしどりの彫刻はありません。

蟇股は小さいのでスペース的に一羽しか彫れないなら、防火祈願としては、鴨や雁など、つがいでなくても構わない別の水鳥でも良さそうですが。

もしかすると、この蟇股の後ろ、建物の中に、雌のおしどり(鴦)が彫られてたりするのでしょうか??・・・こればかりは一般人には確認できません泣


男体山・女体山からなる双峰山で、夫婦神として信仰されてきた筑波山。
なのでここはやはり、おしどり夫婦の意味もある、『鴛鴦のつがい』の彫刻が欲しいなぁ~と思ってしまうのですが、これは現代の一般ピープル汗の発想なのかもしれません。

こちらの建物が建立された当時、この敷地は知足院中禅寺というお寺でした。

大きな寺院だったので、たくさんの僧侶がいたと思われますが、多分皆さん、独身だったはず
独身を貫き、仏の道を全うする僧侶の修行の場!
そこであえて、おしどりの雄だけを彫刻したグッド??
・・・と考えるのは、うがちすぎでしょうか?(^m^)



こちらの両社拝殿は、
前面の蟇股の『おしどりの雄』の彫刻と、背面の蟇股の『おしどりの雌』の彫刻とで
挟んで、しっかり防火の御守としているのかもしれませんね♪

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さて写真の右に、脇障子が写っています。
このように建物左右に脇障子はありますが、建物側面と同じような黒い格子の壁だけで、装飾彫刻はありません。

豆電球なお、写真中央の地面にある、中央に窪のがる平たい石3つは、江戸時代の中禅寺の建物の礎石の跡だと思われます。
(江戸時代の絵図では、両社拝殿と、春日神社・日枝神社を囲うように社殿・拝殿と同じ赤い塀があります。その塀の礎石だったのかもしれません・・・)

なお同じような形の礎石は、十年程前までは、筑波山拝殿や社務所の前(手すりの近く)にもあったのを記憶しています(その後、撤去した模様)。


このシリーズ、ぼちぼち続きますちょき


【おまけ】

こちらの両社拝殿では、お賽銭箱と階段の下の門に注目。
あんぱんで有名な、『木村屋總本店』の銘入りキラキラ

豆電球それについては、以前書いた記事もご参照下さい♪
 → 筑波山神社 夏越大祓の茅の輪2007 & あの『あんぱん』



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【参考文献】

1. 『図説 社寺建築の彫刻 東照宮に彫られた動植物』  高藤晴俊 著 東京美術

2. 『日光東照宮の謎』 高藤晴俊 著 講談社現代新書

3. 『寺社の装飾彫刻ガイド 百龍めぐり 関東編』 若林 純 著 日貿出版社

4. 『寺社の装飾彫刻 宮彫り―壮麗なる超絶技巧を訪ねて』  若林 純 撮影 構成 日貿出版社

5. 『寺社の装飾彫刻 関東編(下) 千葉・栃木・茨城・神奈川』   若林 純 撮影 構成 日貿出版社





  

プロフィール
かるだ もん
かるだ もん
徒然なるままに、興味のあることを気ままに書いています。好きなことばは「中途半端も、たくさん集まればいっぱい!」(ドラマのセリフ)

地元つくばや茨城の話題を中心に、茨城の食材を使った家庭料理、民俗学もどき、国際交流、旅の話題など、趣味の記事を掲載中。

特に自分の勉強も兼ねて、
★民話・伝説紹介と、それにちなむ土地めぐり
★茨城を中心に、全国の郷土料理と食材(世界の料理も含む)の話題
の話題が多いです。

・ヒッポファミリークラブ(多言語自然習得活動と国際交流)
・観光ボランティア
・郷土食研究会うまかっぺ!茨城



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