絵解きに挑戦!筑波山神社境内社の装飾彫刻3 ~日枝神社(3)


筑波山神社の境内社(厳島神社・日枝神社本殿・春日神社本殿・日枝春日両社拝殿)の装飾彫刻の意味の読み解きにトライするシリーズ。

今までの記事

第1回: 厳島神社(前編・後編)
  豆電球絵解きに挑戦! 筑波山神社 境内社装飾彫刻1~厳島神社(前編)
  豆電球絵解きに挑戦!筑波山神社 境内社装飾彫刻1~厳島神社(後編)

第2回: 春日神社日枝神社両社拝殿 
  豆電球絵解きに挑戦!筑波山神社境内社の装飾彫刻2 ~春日神社日枝神社両社拝殿

第3回:日枝神社
  豆電球絵解きに挑戦!筑波山神社境内社の装飾彫刻3 ~日枝神社(1)
  豆電球絵解きに挑戦!筑波山神社境内社の装飾彫刻3 ~日枝神社(2)


日枝神社の彫刻の3回目は、脇障子と、水引虹梁の木鼻、そして向拝手挟(たばさみ)の彫刻を見ていきます。


(3)-3 日枝神社 脇障子

●向かって左の脇障子
と、梅・竹の彫刻


岩のような?うねった場所に尾を立てて立ち、向かって左、お社の方を向いています。
静かに立っていますが、立てた尾と見開いた大きな目に緊張感が・・・と言いたいのですが、目には愛嬌がありますし、口元は笑っているよう?
立てた尾は、ネコの場合は『ゴキゲンな気分』を表すそうですが、同じネコ科のトラはどうなのでしょう?

さて、虎の顔の方にある竹は葉を茂られせていて、彩色も比較的鮮やかに残っています。
『虎と竹』は古来から好まれた組み合わせですね。









彩色が剥げかかっていますが、黄色に黒いラインの虎の模様が分かります。










虎の背後の花は、色が剥げて黒くなってしまっていますが、花の中心部(蕊(しべ))の黄色が鮮やかです。
五弁の丸い花びらの形、、葉は描かれていないころ、そして枝とそれに付く蕾(つぼみ)の様子から、ではないかと思います。

紅梅だったのか白梅だったのか不明ですが、
虎の黄色と竹の緑色ときたら、梅は紅色の紅梅だと、より色が映えて華やかでは思いますハート




●向かって右の脇障子
の彫刻



は緑色の体をしていて、向かって右、お社の方を向いています。
体はうねり、手足は力強く開いていて、躍動感を感じますグッド

この龍の彫刻には、他の彫刻と違って植物らしいものを見当たりません。












龍の頭や上半身の周りには、まるで黒い花(茨城県のマークのバラのような渦巻(^^))がたくさんあるように見えますが、よく見ると渦巻く雲ではないかと思います。

こちらも色が剥げ落ちてしまっているので、白い雲だったか黒い雲だったかは不明です。
黒い雲だと凄みはありますが、ちょっと禍々しいので、多分白い雲だったのではないかと、勝手に想像しています(^^)。








また龍の足元は、緑色ですが、その形から、逆立つ波のようです。
いずれも風雨を司ると考えられている龍にふさわしい背景です。

反対側の脇障子の虎を『静』とすると、こちらの躍動感あふれる龍は『動』
静動のコントラストも面白いですちょき





さて、虎と龍の像は寺社彫刻では一般的のようで、どちらも吉祥文様の上、力強く神仏を守る聖なる獣だからと推察します。


でも!
・・・ということで、ここからは私の妄想になります(笑)ちょき

本シリーズ第1回の「厳島神社」
 → 絵解きに挑戦! 筑波山神社 境内社装飾彫刻1~厳島神社(前編)
の例を見てみます。

厳島神社は、方一間のお社で四方にある蟇股の全てに彫刻が施されています。
そして、本殿の背面の蟇股彫刻は『猪』でした。
私はこれは厳島神社の神使『蛇』(正面にある向拝の蟇股の彫刻=『蛇』)を、干支の『巳』に見立てて、『巳=蛇』を守る『裏干支』の『亥=猪』を彫ったのだと思っています。

日枝神社の神使『猿』を干支に見立てると『申』で、その裏干支は、奇しくも『寅=虎』!
そこで脇障子の一方は虎にして、『龍虎』という言葉もあるので対としてもう一方は『龍』にしたのか??

・・・でも、そらならどうして、(厳島神社のように)本殿背面の蟇股を作って、そこ虎を彫らないのか?
(ちなみに、先に見た 春日神社日枝神社両社拝殿 では拝殿の前面と背面に蟇股彫刻があります)
もしくは、脇障子の2つとも虎にしないのか?・・・という疑問は残ります(^^;)

本殿背面の蟇股がないことについては、この後で見ていく、双子のようにそっくりな造りのお隣 春日神社の神使は『鹿』で、干支の動物ではありません。
従って裏干支に該当する動物はいないため、そちらとの兼ね合いもあって、背面の蟇股は作らなかったのか??・・・とも思えますが。

・・・まあ、私の妄想はこのあたりで止めておきましょう♪


(3)-4 日枝神社 水引紅梁の木鼻



本殿 向かって左は、口を閉じた『吽形』











本殿 向かって右は、口を開けた『阿形』



長い鼻が特徴的です。

社寺彫刻で、このような鼻を持つ動物は、
』か『漠(ばく)』があります(文献1,2)

『象』はエレファントの象ですが、『漠』は想像上の生き物で悪夢を食べるとされ、吉祥文様として登場します。
どちらも長い鼻と牙を持つ動物として表現されます。

さて、『象』と『獏』の区別ですが、文献1によると、
『獏』は巻き毛を持ち、目は大きく眼光するどく、前足は獣の足の形とのこと。

ですが、この木鼻の彫刻は、

・巻き毛はない(毛の表現がない)
・垂れた大きな耳
・毛がない
・目が三日月状


以上の特徴は、同じく文献1より『象』の表現に当てはまるので、『』だと考えます。

ただし、こちらの彫刻には、『象』も『獏』も持つはずの 『』は見当たりません。


木鼻の彫刻の口元を見ると、2体とも口元に『牙』の根元らしきものがあるのが分かります。

牙を小さく表現しているのでしょうか?








それとも、もしかすると2体とも牙が折れてしまったのでしょうか??
でも、折れてしまったとしても、1本位残っていても良さそうですが。








(3)-5 日枝神社 向拝手挟(たばさみ)

向拝の庇(ひさし)の下にある、向拝手挟(たばさみ)という部分。
ここにも彫刻が施されています。


たくさんの花びらがある花の彫刻で、大変華やかです。

花は、牡丹か芙蓉か長春花(薔薇)のいづれかと思われます。

文献1より、葉の形と蕾の形から、長春花ではなさそうで、牡丹か芙蓉のようです。
同書では牡丹の葉は『深く三裂』、  
芙蓉の葉は『浅く五裂』となっています。

この日枝神社の手挟の彫刻では、葉は『深く三裂』にも『浅く五裂』にも見えます。
なので、葉だけでは牡丹か芙蓉か、もしくは両方ともあるのか、分りません。



そこで、花をもう一度よく観察すると・・・
蕊(しべ)が尖った円錐形をしています。

これは植物図鑑などで調べると良くわかりますが、芙蓉を含むムクゲ科の花の特徴です。
ボタン科の牡丹の花の蕊の形は全く異なります。

ということで、こちらの彫刻の花は、芙蓉だと考えます。
(豪華な八重咲きなので、酔芙蓉(スイフヨウ)かもしれません笑

でも、葉の形が芙蓉でないようなものも混ざっているのは、どうしてでしょう?

たまたま表現としてそうなったのか、彫師の人が混同していたのか?・・・なんて考えていたら、写真を見た家族から『葉が曲がって、五裂が三裂に見えているのでは?』と言われました。
よく見ると、確かそうかもしれません。
そうすると、葉の形も『浅く五裂』なので、やはり『芙蓉』だとして大丈夫でしょうちょき

3回に分けて日枝神社の装飾彫刻を見てきましたが、本シリーズの最初で見た厳島神社の装飾彫刻(前編後編)と比べると、かなり作風が違うのに気づきます。特に木鼻の彫刻など分かりやすい。

いろんな彫り師が関わっていたのが分かりますね豆電球

次回は、春日神社の彫刻を見ていきます。
 → 絵解きに挑戦!筑波山神社境内社の装飾彫刻4 ~春日神社(1)




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【参考文献】

1. 『図説 社寺建築の彫刻 東照宮に彫られた動植物』  高藤晴俊 著 東京美術

2. 『日光東照宮の謎』 高藤晴俊 著 講談社現代新書





  

絵解きに挑戦!筑波山神社境内社の装飾彫刻3 ~日枝神社(2)


筑波山神社の境内社(厳島神社・日枝神社本殿・春日神社本殿・日枝春日両社拝殿)の装飾彫刻の意味の読み解きにトライするシリーズ。

今までの記事

第1回: 厳島神社(前編・後編)
  豆電球絵解きに挑戦! 筑波山神社 境内社装飾彫刻1~厳島神社(前編)
  豆電球絵解きに挑戦!筑波山神社 境内社装飾彫刻1~厳島神社(後編)

第2回: 春日神社日枝神社両社拝殿 
  豆電球絵解きに挑戦!筑波山神社境内社の装飾彫刻2 ~春日神社日枝神社両社拝殿

第3回:日枝神社
  豆電球絵解きに挑戦!筑波山神社境内社の装飾彫刻3 ~日枝神社(1)


前回に引き続き、日枝神社の彫刻です。
今回は、日枝神社の 母屋(もや)の蟇股彫刻を見ていきます。


(3)-2 日枝神社 母屋正面にある3つの蟇股の彫刻

ひさしのように張り出す向拝の奥にあって見えにくいのですが、 母屋(もや)の正面にも蟇股が3つあります。

近づいて見られないので、遠くから、向拝の彫刻(透かし彫り)越しに見ることが出来ますが、私は目が悪いので、カメラのズームで写真を撮って確認しました。

母屋の3つの蟇股には、それぞれ一羽ずつ鳥と、その脇に花の彫刻が確認出来ます。
向拝の猿の彫刻と違って、直接風雨や日光に晒されていないためか色鮮やかで、遠目で見て傷みもあまりないように見えます。

鳥の彫刻は、体の表現の特徴として、

・冠羽はない。
・尾が長めで、先が細くなっている。
・体の色は、全体的に茶色~赤銅色

ということから、『山鳥』ではないかと思います(文献1)。

また鳥の脇に彫られた花は、

・花弁が五弁で、先が細くなっている
・ラッパ状の形
・濃い紅色の花
・花の中心の表現が2通り


という特徴があります。
何の花か後述していきます。


では、具体的に写真を見ていきましょう。

①向かって左の蟇股:


は体ごと、向かって右側(中央の方向)を向いています。
体の色は、茶色~赤銅色のほぼ一色。
これは後述する他の2つの蟇股の鳥と違っています。







この彫刻がある位置は、違う方向2か所から写真を撮ることが出来て、尾の羽の形は先がとがっているのが分かります。模様らしいものは見えません。








こう見ると、かなり立体的に彫られているのが分かります。
肢も、踏ん張るように力強く立っていますね。











足元の花は上記と同じ形状の五弁の花弁で濃い紅色。
花の中心は、小さく黄色っぽい点があります。
葉のエッジにギザギザはなく、楕円のような形で先が細くなるすっきりした形の葉。









同じ足元の花を、違う角度から撮った写真。









こちらは鳥の頭の近くにある花。


ラッパ状の形の花です。








②中央の蟇股:


中央の蟇股の鳥は、体は正面を向きながら、尾を少し広げて、首を大きく、向かって右の方向を向いています。

背や翼は茶色~赤銅色ですが、頭から首、胸にかけては濃紺から濃い紫色に見えます。





違う角度から撮った写真。
躍動感がある像ですね!











足元の花は、上記と同じラッパ状の花で五弁の濃い紅色の花弁。








花の中心にも同じく、小さく黄色っぽい(白っぽい)点があります。

 







③向かって右の蟇股:


こちらの鳥は、体全体を向かって左側(中央の方向)に向けています。

体は翼、背、尾は茶色。翼の先は白っぽい。
胸から腹にかけては②と同じく濃紺か濃い紫色に見えます。






さて花の彫刻ですが、こちらは尾の近くの花。
上記①②の2つの違って、花の中心には蕊(しべ)らしい表現がはっきり見えます。








こちらは頭の近くの花。
こうやってみると、この蟇股の花の彫刻は、他の2つよりも写実的なのが分かります。
明らかに作風というか表現が違います。

それとも違う花なのか、彫り師が違って表現が微妙に違うのか・・・どうなのでしょう?

3つの蟇股の花に共通の花の色、形状、葉の形、そして特にこの一番右の蟇股の花にある蕊(しべ)の表現から、作風は違いますが、どれもツツジではないかと思っています。

でも、どうして表現方法を統一しなかったのか?…妄想が勝手に膨らみます(^m^)


同様に鳥の形についても、色の表現や顔の表現を見ると、今度は一番左①の蟇股の鳥の作風が、色や顔の表情など、他の2つ②③とちょっと違うように感じます。

例えば分かりやすいのが、鳥の顔の比較で、


①向かって左の鳥
ピンぼけ写真で申し訳ありませんが、嘴は閉じているのが分かります。目の周りというか頭半分が白っぽいのは、彩色か、色が剥げ落ちているのかは不明。








②中央の鳥
目力が強いですね!
嘴はやや開き気味。








③向かって右の鳥
横顔で、写真はやや後方から撮ったものですが、こちらも目力は強い感じ。
嘴は開いています。





こう比較すると、①の鳥の顔つきは、②③よりも優しげな感じです。
①の鳥は色も地味で茶色~赤銅色の1色なのでで、②③は色も少なくとも2色で、顔も精悍な感じなので、なのかもしれません???。


なお文献1では、図像的な表現として、山鳥は『目の周りに「杏状」の隈取りがある』そう。この隈取りがどんなものなのか分からないのですが、上の3枚の顔写真では、目の周りの隈取りはよくわかりません。

また、よく似た鳥に雉(キジ)もいますが、同じく文献1によると、雉の場合、図像的には、特に雄は模様と彩色が鮮やかなのと、頭に『耳羽』があるので区別できるよう。

また山鳥の場合は、図像では『全体的に赤銅色で、背、胸、腹に白黒の斑点がある』とのことで、白黒の斑点らしいものも写真では確認出来ません。
しかし、体の形の特徴と、全体的に茶色〜赤銅色なので、私はこれらの鳥の彫刻は『山鳥』ではないかと考えます。


さて、上の写真でも分かるように、これらの3つの鳥の向きは

①向かって左の鳥()   ②中央の鳥()   ③向かって右の鳥(
(※矢印は顔の向き)

①メス・②オスの鳥は つがい で、近づいてきた③別のオス に対して、オス(2)が威嚇しているようにも見えせんか?
(だから、②と③の目力が強く、嘴も鳴いているように開いている?)

・・・妄想が膨らみます♪(^m^)


日枝神社の祭神は大山咋神(オオヤマクイノカミ)。山の神様です。
神使は『猿』で、それは向拝の蟇股に彫られていています(前回の記事参照)。

母屋の蟇股の『鳥』と『花』が、『山鳥』と『山つつじ』だとしたら、やはりご祭神が山の神様だから『山』繋がりの組み合わせなのかなぁ?
・・・と、素人考えで思うのですが、どうなのでしょう??

細かいことですが、考えると興味がつきません♪


さて次回は、日枝神社の蟇股以外の彫刻についてです。
 → 絵解きに挑戦!筑波山神社境内社の装飾彫刻3 ~日枝神社(3)



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【参考文献】

1. 『図説 社寺建築の彫刻 東照宮に彫られた動植物』  高藤晴俊 著 東京美術

2. 『日光東照宮の謎』 高藤晴俊 著 講談社現代新書








  

絵解きに挑戦!筑波山神社境内社の装飾彫刻3 ~日枝神社(1)


筑波山神社の境内社(厳島神社・日枝神社本殿・春日神社本殿・日枝春日両社拝殿)の装飾彫刻の意味の読み解きにトライするシリーズ。

今までの記事

第1回: 厳島神社(前編・後編)
 豆電球絵解きに挑戦! 筑波山神社 境内社装飾彫刻1~厳島神社(前編)
 豆電球絵解きに挑戦!筑波山神社 境内社装飾彫刻1~厳島神社(後編)

第2回: 春日神社日枝神社両社拝殿 
 豆電球絵解きに挑戦!筑波山神社境内社の装飾彫刻2 ~春日神社日枝神社両社拝殿


さて、いよいよ春日神社本殿日枝神社本殿です。

双子のように同じ形のお社がなかよく並んでいる、日枝神社と春日神社笑
どちらも『三間社流造』 で、前回紹介した両社拝殿とともに、寛永十年(1633年)に建立されたもので、茨城県指定文化財です


この両拝殿は特に正面側に装飾彫刻が多いので、それぞれ数回に分けて考えていきます。


まずは 向かって右側の日枝神社からです。











(3)-1 日枝神社 向拝の3つの蟇股の彫刻


本殿の正面に庇(ひさし)のように前に屋根が張り出す『向拝』があります。
この向拝の3つの『蟇股』には、それぞれ違う意匠の『猿』の彫刻が彫られています。

『猿』は古くから日枝神社の神様のお使いとされていますので、猿の彫刻があるのですね。
※このシリーズ最初のご紹介した厳島神社の神様のお使いが『蛇』ということで、やはり向拝の蟇股に蛇が彫られています。



① 向かって左の蟇股の『猿』

彫刻の劣化もありますが、加えてカメラの性能も私の腕も悪いので(透し彫りゆえ背後の木々にピントが合ってしまい)、画像が不鮮明なので汗分かりにくいのですが、
猿が一匹向かって左(中央の方向)を向いているようです。

お猿さんは、枝らしいものぶら下がっているようにも見え、躍動感が感じられる気も。

ただし、猿よりもその両側にある植物の方が目立ちますね(^^;)。

向かって右側(猿の左側)にあるのは、根元からウェーブがかった葉が何枚も繁っていて、そこから茎が一本すっと伸びた先に、黄色っぽい実らしいものが固まってついている様子から、『万年青(おもと)の花』(文献1)と思われます。

向かって左側(猿の右側)にある植物も実の様子が似ているので万年青のようにも見えますが、葉の付き方が根元から葉が繁っている右のものとは違って、枝らしいものに葉が付き、枝の先に実がなっています。
表現方法(文献1)から、枇杷(びわ)の実か、楊桃(やまもも)の実のように思うのですが。


-----(参考)-----

ちなみに、こちらは日光東照宮の神厩にある彫刻です。有名な三猿の彫刻の向かって左にある母子の猿の彫刻です(2015年12月撮影)。

背景は造形から唐松だと思いますが、猿の下に繁る実をつけた木は枇杷とのこと(文献2)。

枇杷の葉は、葉のエッジにギザギザ(鋸歯)が彫られるのだそうです(文献1)。
筑波山神社境内の日枝神社の方は、写真からは葉のエッジの形状はよくわかりません。
枝と葉と実の付き方は、日光東照宮・神厩の母子猿の像の植物とちょっと違うような?。

・・・専門家のご意見を伺いたいところです。
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②中央の蟇股の『猿』

猿が三匹、『見ざる、言わざる、聞かざる』の三猿の彫刻です。


向かって左の猿は、口を押さえている 『言わざる』。
中央の猿は、目を覆っている 『見ざる』。
向かって右の猿は、耳を覆っている 『聞かざる』。

左右の蟇股の彫刻と違って黒っぽいモノトーンなのは、もともとそうなのか、それとも退色が進んでいるせい?

植物らしいものは見当たりませんが、猿たちの後ろに二本、うねった枝のような彫刻が見えます。
何か木の枝のようにも見えますが、判別出来ないです・・・泣

雨風に日光に晒されやすいためか、向拝の蟇股の彫刻は傷みと退色が進んでいるのが素人目にも気になります泣
そして特にこの三猿は、この日枝神社の彫刻の代表にも関わらず、こうやってみると他の彫刻より傷みが進んでいるようで心配です汗


-----(参考)----

ちなみに、こちらは日光東照宮の神厩の三猿(2015年12月撮影)。
こうやってみると、三匹の猿の並びも違いますね。

建立された年は、こちらの日枝神社(そして、春日神社、厳島神社、神橋)の方が、日光東照宮より3年ほど早いものですが、どちらも江戸初期の建物。

日光東照宮は改修を何度もしているので、彫刻の色も鮮やかです。
やはり、手をかけないと、傷んでくるのですよね・・・。


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③向かって右の蟇股の『猿』


こちらはまた一匹の猿で、こちらは向かって左(中央の方向)を見ています。
向かって右の下の方には白っぽい丸い実が二つ見えます。








よく見ると実には縦の彫り線があるのが分かります。

実の特徴と、細長い葉の形から、実が成った桃の木だと思われます。
桃もまた、古来から吉祥の意味がある植物ですよね。

丸く湾曲した桃の枝を背に、猿が座っているようです。

また、枝の『丸い』湾曲にも、何か意味がありそうに思うのは、私の考えすぎでしょうかハート

日光東照宮の神厩の、『三猿』を含む8つある猿の彫刻は、それぞれ意味があり、8つそろって一つのストーリーがあるの読めるそうです(文献2)。
筑波山神社(明治以前は、筑波山知足院中禅寺)境内の日枝神社の3つの猿の彫刻も、何かストーリーがあるのでしょうか。
(個人的にはストーリーがあるように感じます・・・。いろいろ想像してみると面白いですね!)


次回は日枝神社の向拝の奥、本殿(正面)に彫られている3つの蟇股の彫刻についてです。
『猿』ではない動物が!
お楽しみに。

絵解きに挑戦!筑波山神社境内社の装飾彫刻3 ~日枝神社(2)



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【参考文献】

1. 『図説 社寺建築の彫刻 東照宮に彫られた動植物』  高藤晴俊 著 東京美術

2. 『日光東照宮の謎』 高藤晴俊 著 講談社現代新書















  

シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (7) 橘川・迎来橋(後編)


江戸中期の”ガイドブック” 『筑波山名跡誌』(上生菴亮盛 著)(文献1)に書かれた名所・旧跡を訪ね、興味のおもむくまま♪ 関連する話題も調べるシリーズです。
(筑波山名跡誌に記載されている順ではありませんので、その点、ご了承ください)

シリーズ第7回は、『橘川(たちばながわ)と 迎来橋(こうらいのはし)』を2回に分けて紹介しています。

前回の記事

豆電球シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (7) 橘川・迎来橋(前編)

後編の今回は迎来橋』についてです。


【迎来橋の名のいわれ】

筑波山名跡誌(文献1)では、『かうらいのはし』とふりがなが書かれている『迎来橋』

同書によると、地元の言い伝えとして、
能(よく)神慮にかなふ人此山に詣で来る時は、神霊凡人の皃(かたち)を現し、茲(ここ)に来り迎えて慰諭(なぐさみさと)し給へば迎来の橋と名付(なづ)くという
とのこと。

つまり、神仏の目に適った人がこの橋を渡ろうとすると、神仏が直接お迎えに来てくれて、これからの厳しい登山の道を登るのを励ましてくれるということでしょうかグッド


また、このシリーズ第五回観流庵 前編でも紹介した、室町時代の連歌師、宗祇法師が筑波山を訪れた時に、この橋に一人の老翁がいて、
道のべのちりに光りをやわらけて迎ひ来にけり橘の川
と読んだので、宗祇法師は返歌として、
道のべのしらぬあづまのはてにしも迎ふる人のあれは来にけり
と歌って返した・・・ということで『迎来』と名付けたという逸話も紹介しています。


【迎来橋があった場所は?】

筑波山名跡誌の文章と挿絵から、
・場所は 田井から臼井へ向かう道の途中らしい。江戸時代の参詣の道とすると、『つくば道』にかかる橋か?
・臼井村からは道が険阻になり、道筋に大きな石が多く、馬籠で登るのは難しい旨の記述。
・筑波山名跡誌の挿絵では、平坦な場所に流れる川に渡る橋のよう。道は集落をつないでいるよう?


写真は同じ臼井の集落にある、飯名神社。
傾斜が厳しくなっていく途中にあり、ご神体の大岩はもちろん、境内にもその周りにも大小の岩(筑波山山頂から風化して転がり落ちてきた斑レイ岩)がゴロゴロしています。


筑波山名跡誌の記述だけでは、橋の場所がはっきりしないので、ここで、またまた『常陸国筑波山縁起』(国立公文書館所蔵)の絵図(文献2)を見てみると…

神郡の集落から筑波山へ向かう『つくば道』が、臼井の集落に差し掛かる直前の細い川の流れにかかる橋に『来迎橋』の名が書かれてます。
絵図の中で、来迎橋がかかっている川は、前回紹介した『橘川』です。



前回考察したように、つくば道と直角に交わる道(立野の集落・六所神社跡~沼田・旧筑波鉄道筑波駅跡をつなぐ道)の脇を流れる用水路が、橘川と考えられます。

来迎橋があったのは、現在の位置としては、ちょうど写真の中央付近、道がクロスしているあたりかと思われます。






奇しくも、『筑波山麓フットパス』の標識(濃い茶色の金属製の細い棒のような標識)が立っています。

この川を越えると、筑波山名跡誌にも書かれているように、道(= つくば道)は上り坂になっていきます。






このあたりは、鳥獣保護区域でもあります。
やはり、神仏が自ら迎来して、登山を励ましてくれる場所です♪キラキラ









【迎来橋はパワースポット?!】

今はもう、『橋』の姿はないただの細い道の交差点ですが、神仏の目に適った人は、迎えに来られた神仏と一緒にこの急な登り坂を登って、拝殿のある筑波山神社や、本殿のある女体山山頂・男体山山頂に行けるパワースポットかもしれません!グッド


もっとも、行く先の目の前にどーんと聳える筑波山(女体山&男体山)が、すでに神仏そのものとも言えますね♪(^^)v

迎来橋のあった付近に、ちょうどフットパスの標識もあることですし、前回書いた『橘川』の名前の由来とともに、『迎来橋』の由来や、前述した宗祇法師の話に出てくる和歌も素敵なので、是非、看板で掲載したら良いのではないかなと思いますハート

つくば市関係者の方、地元の方、是非ご検討下さいませちょき


このシリーズ、ぼちぼち続きます♪



シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」  今までの記事

豆電球シリーズ『筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて』 (1)常陸帯宮(前編)
豆電球シリーズ『筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて』 (1) 常陸帯宮(後編)
豆電球 シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (2) 男女川(水源)
豆電球シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (3)夫女之原、夫女石
豆電球シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (4)亀之岳
豆電球シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」(5)観流庵(前編)
豆電球シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (5)観流庵(後編)
豆電球 シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (6) 酒香川
豆電球シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (7) 橘川・迎来橋(前編)


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【参考文献】

1.『筑波山名跡誌 ―安永期の貴重な地誌再現―』 上生庵亮盛 著 桐原光明 解説  筑波書林

2.『平成24年度特別展 筑波山―神と仏の御座す山―』 茨城県立歴史館 編集・発行
   p.90 『常陸国筑波山縁起 下巻 「筑波山南面の図」』

3.『いまに残る郷土の文化遺産 つくばの古絵図』
   p.32-33 『筑波町沼田村と臼井村神郡村水論裁許絵図』
   元禄七年(1694年)

4.『関東の名山 筑波山 筑波山神社案内記』
   p.34-35 『筑波町沼田村と臼井村神郡村水論裁許絵図写』
元禄七年(1694年)原図の写し

5.『筑波山麓フットパス 神郡~六所~筑波』マップ つくば市 発行









  

シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (7) 橘川・迎来橋(前編)


江戸中期の”ガイドブック” 『筑波山名跡誌』(上生菴亮盛 著)(文献1)に書かれた名所・旧跡を訪ね、興味のおもむくまま♪ 関連する話題も調べるシリーズです。
(筑波山名跡誌に記載されている順ではありませんので、その点、ご了承ください)

今までのお話
豆電球シリーズ『筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて』 (1)常陸帯宮(前編)
豆電球シリーズ『筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて』 (1) 常陸帯宮(後編)
豆電球 シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (2) 男女川(水源)
豆電球シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (3)夫女之原、夫女石
豆電球シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (4)亀之岳
豆電球シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」(5)観流庵(前編)
豆電球シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (5)観流庵(後編)
豆電球 シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (6) 酒香川


第7回は、『橘川(たちばながわ)と 迎来橋(こうらいのはし)』を2回に分けて紹介します。

筑波山名跡誌では、『橘川 迎来橋』 と、二つで一つの項目で紹介されいてます。
前編の今回は橘川』についてです。


【橘の香りがする橘川】

筑波山名跡誌の『橘川 迎来橋』の項には、
筑波麓臼井村の耕地の用水川也。
とあります。
当時から、橘川は、農業用水路だったようです。

同書では続いて、
橘は此山の名物にて、水東谷より流れ落る。水気橘の匂あれば、土人橘川と号する也。
とあります。

つまり、筑波山は橘が名産なので、山の東谷より流れる川の水には橘の香りがするので、土地の人は『橘川』と呼んでいたとのことなのです。

といえば、やはり、筑波山の名物キラキラふくれみかん(福来みかん)キラキラが浮かびますよね♪

ただし、橘の香りといっても、2種類あるかと思います。

1つは、『橘の実』の香り。つまり柑橘系の香り

もう1つは、『橘の花』の香り。ジャスミンの花にも似た甘い香りです。

どちらも大好き♪ハート

橘川の『橘』の香りは、どちらの香りだったのでしょう?ハート

多分、季節によっても違いますよねハート
橘の花が香る初夏か、実が成る秋~冬か。
どちらも、良い香りハート



写真は2018年1月に撮影。
ふくれみかんを栽培する畑。









こちらは民家の庭に植えられていた柑橘類の実。
多分、大実のキンカンのように思われます。
美味しそう♪








こちらは初夏に咲く、ふくれみかん(福来みかん)の花。
2012年6月撮影。撮影場所は、臼井よりちょっと上の、清水~西山通り付近にて。
近くを歩くと、とても良い香りがします。






【橘川はどこを流れる?】

さて、その『橘川』、いったいどこを流れる川なのでしょうか?

筑波山名跡誌の記述より、
・場所は 臼井の集落近くらしい
・当時から農業用水路

ことだけわかります。

ここで『常陸国筑波山縁起』(国立公文書館所蔵)の絵図(文献2)を見てみると…

神郡・田井の集落から筑波山へ向かう、いわゆる『つくば道』(県道筑波山)は、
鴨居川(逆川、酒香川)を渡ります。

そして臼井の集落にさしかかるところに流れる細い川に、
橘川』と書かれています。

同書の絵図では、橘川は、鴨居川(=逆川、酒香川※)の北部を、鴨居川と平行に流れる細い川として描かれています。

橘川の流れは、まず臼井村の東を流れ下り(千手川のようにも見えますが絵図なので詳細は不明)、臼井村の南側で向きを西に変え、山から流れ落ちる別の川(男女川か?)に合流するように描かれています。

ちなみに、鴨居川(逆川)も、この男女川らしい川に(橘川より南で)合流するように描かれています。
『常陸国筑波山縁起』の絵図は、イラストっぽいので、やや正確さに欠けるかもしれませんが、ひどく間違っていないないでしょう。

 ※豆電球 この鴨居川=逆川=酒香川 につきましては、前回の記事
   → シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (6) 酒香川




現地に行くと、今も細い用水路が流れています。

写真(2018年1月撮影)で、写真右にある、用水路と並行する道(手前から奥に向かう道)は、六所神社跡付近~旧筑波鉄道筑波駅跡付近をつなぐ道で、そこに交差する道(写真中央左から右に通る道)は、『つくば道』です。

写真は、六社神社跡方面を背に、旧筑波鉄道筑波駅跡方面を望んでいます。

この、道の脇を流れる細い用水路が、江戸時代の橘川に該当するように思います。

この用水路の上流は、筑波山麓フットパスマップ(文献5)を見ると、この地点より高い位置にある臼井の集落の中にあるようです。

なお、元禄七年(1694年)の筑波町沼田村と臼井村神郡村水論裁許絵図(文献3、4)は、その性格上、かなり流れを正確に描いたものと思われますが、フットパスマップ(文献5)を見ると、現在の川の流れや農業用水路は、当時と変わっているようです。

それにしても、古くからの名産 橘の香りがするからの名づけられた『橘川キラキラ
素敵な名前ですよね!ハート

ただ残念なことに地元でも忘れ去られてしまったようで、ここを訪ねた時に、道におられた二人組の方に
『橘川というのがあるどうなのですが、どこでしょうか?』
と尋ねたら
、『ここで生まれ育ったのですが、橘川という名前は聞いたことありません…』
と言われてしまいました。

名産ふくれみかんの木は、現在も川の流れ沿いのあちこちの民家で見かけますし、是非、優雅な『橘川』という名前を復活キラキラさせて、看板に掲げたら良いのになぁと思います(^^)

後編に続きますちょき

シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (7) 橘川・迎来橋(後編)



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【参考文献】

1.『筑波山名跡誌 ―安永期の貴重な地誌再現―』 上生庵亮盛 著 桐原光明 解説  筑波書林

2.『平成24年度特別展 筑波山―神と仏の御座す山―』 茨城県立歴史館 編集・発行
   p.90 『常陸国筑波山縁起 下巻 「筑波山南面の図」』

3.『いまに残る郷土の文化遺産 つくばの古絵図』
   p.32-33 『筑波町沼田村と臼井村神郡村水論裁許絵図』
   元禄七年(1694年)

4.『関東の名山 筑波山 筑波山神社案内記』
   p.34-35 『筑波町沼田村と臼井村神郡村水論裁許絵図写』
元禄七年(1694年)原図の写し

5.『筑波山麓フットパス 神郡~六所~筑波』マップ つくば市 発行



  

プロフィール
かるだ もん
かるだ もん
徒然なるままに、興味のあることを気ままに書いています。好きなことばは「中途半端も、たくさん集まればいっぱい!」(ドラマのセリフ)

地元つくばや茨城の話題を中心に、茨城の食材を使った家庭料理、民俗学もどき、国際交流、旅の話題など、趣味の記事を掲載中。

特に自分の勉強も兼ねて、
★民話・伝説紹介と、それにちなむ土地めぐり
★茨城を中心に、全国の郷土料理と食材(世界の料理も含む)の話題
の話題が多いです。

・ヒッポファミリークラブ(多言語自然習得活動と国際交流)
・観光ボランティア
・郷土食研究会うまかっぺ!茨城



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