常陸大宮に伝わる 頑張った犬の伝説2つ(前編)


いよいよ12月に入りましたが、今年2018年戌年にちなんで、茨城の犬にまつわる伝説の紹介とちなむ場所を訪ねるシリーズ。

同シリーズ
 → 石岡駅の忠犬タロー像
 → 筑波山麓の『しっぺい太郎』伝説(前編)
 → 筑波山麓の『しっぺい太郎』伝説(後編) ~ 『しっぺい太郎』の姿を訪ねて

また、板橋不動尊(つくばみらい市)の安産子育てのご利益の由来で有名な、白犬伝説については、以前書いた記事、
  → 春の布施街道(千葉・柏(布施)~茨城・つくば(谷田部))を行く(2)
をご覧ください(^^)


前回(筑波山麓の『しっぺい太郎』伝説(後編) ~ 『しっぺい太郎』の姿を訪ねて
)紹介した筑波山麓に伝わる犬の伝説から、頑張ったワンコ達の姿が浮かんできます。
昔から人と一緒に働いて健気なワンコ(うちのワンコは家で寝てばかりですが(^m^;))。

さて、茨城県北、常陸大宮市の地区にも、けなげに頑張ったワンコにまつわる伝説2つが伝わります。

昔話や伝説のゆかりの地を実際に訪ねての報告がモットーなのですが、2018年戌年も年の瀬になりつつあり、ゆかりの地への訪問も近いうちに行くのは難しい汗

なので、まずはお話だけでも紹介しますちょき


(1)常陸大宮市(山方地区). 犬吠峠-常陸大宮市西野内

千葉県の『犬吠埼(いぬぼうさき)』は有名ですが、茨城には
犬吠峠

があります。

犬吠峠』の読み方は『いぬぼえとうげ』(文献1 他)。

この犬吠峠にまつわる伝説です。


写真は、常陸大宮市 旧山方町の『森林浴の道(籠岩)』途中の展望台からの眺め(2002年10月撮影)。
方角的に犬吠峠方向ではないかと。
15年ほど前の写真ですが、多分、この絶景は変わっていません(^^)






【おおまかなあらすじ】

火事を嘆いた、もしくは火事を知らせるために、犬が七日七晩吠え続けて、とうとう石になった。

その石は今もあって、その一帯は『犬吠峠(いぬぼえとうげ)』と呼ばれる。


バージョンがいくつかあるようで、

お寺『常安寺』が火事で焼け落ちたのを悲しみ、七日七晩吠え続けて火難を四方に知らせた。
犬は食事もとらず座った形のまま犬になった。

(文献1、2、3、4、5、6)
※文献1及び6 によると、実際、常安寺は文久元年(1861年)に全焼しています。
 文献6では、『文久元年(一八六一)十一月、時の住職天外禅師の時にかかわる伝説です』とのこと。


近くの城(『御城』)の落城を知らせるために吠え続けた犬が、石になった。
(文献4)
※『御城』は『山方城』の別名とのことで、応永十五年(1408年)、美濃山方出身の山方能登守盛利が築城し、その後、佐竹義治の五男の政義の居城となり、この地における佐竹氏の重要な城となったとのこと(文献7)

また、次のは上の2つと全く違うあらすじの話で、

前九年の役の時に、源頼義とその子の義家がこの地を通り、金砂山で敵分と戦った時に、この峠に山犬(狼)の群れが現れて、義家ら源氏方の軍勢に向かって吠え続けた。義家らはこの山犬の大群のために容易に進軍出来なかったことから、『犬吠峠』となった。
(文献4)


ちなみに、①は江戸時代末期、②は室町時代、そして、③は平安時代後期。
時代的にはずいぶん幅がありますね。


上の①、②にある、『石になった犬』のその石は、実際、犬吠峠にあるそうです。

文献1には、『犬吠峠にある犬の化身といわれる巨石』のキャプションとともに、その写真が掲載されています。

またネットを調べると、実際に行かれた方の話がいくつか読むことが出来ます。
が、この伝説の石のある場所は、道なき道を行くようで、実際に見に行くのは大変そうです汗

でも伝説の石が今も残っているのは喜ばしい!笑


文献4、5、6によると、この地域では犬の遠吠えが聞こえてくると、『峠のお犬様が鳴いているから、火事に気をつけろ』と言い合ったそう。
火事を用心する生活の知恵にも結びついているのでしょうグッド


ちなみに、伝説のバージョン②に出てくる『御城』。
現在は『御城展望台』として、資料館も兼ねて建物が復元、整備されています。
今度是非行ってみたいです(ここは簡単に行けそうですし♪)ちょき

豆電球 詳細→ 常陸大宮市ホームページ 御城展望台
http://www.city.hitachiomiya.lg.jp/page/page002908.html

この辺りは中世、激しい戦乱のあった場所とのこと。
そのことを、この伝説と現存する『犬の石』、そして『犬吠峠』という地名が伝えているのかなぁと思います。

県北はやっぱり佐竹氏関係の伝説が、今も息づいていますねキラキラ

後編に続きます♪
 → 常陸大宮に伝わる 頑張った犬の伝説2つ(後編)


【おまけ】

犬吠峠がある常陸大宮市西野内地区は、『西ノ内和紙』でも有名な地区です。
西ノ内和紙については、かなり以前の記事ですが、当ブログでも書いてますので、良かったら(^^)
 → 茨城 こんなもの見つけた (2) 「西ノ内和紙」製の陣取りゲーム



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【参考文献】

1.『山方町誌 上巻』 茨城県那珂郡山方町文化財保存研究会編

2.『日本の伝説37 茨城の伝説』 今瀬文也・武田静澄 共著 角川書店

3.『茨城の伝説』 茨城民俗学会編 日本標準

4.『茨城県の民話と伝説 上 ふるさとの自然と動物』 藤田稔 著 有峰書店

5.『山方町いまむかし』 仲田安夫 著 筑波書林

6.『語りつぎたい 奥久慈の秘話(親から子へ 子から孫へ)』 堀江文男 著 茨城出版企画センター

7.『図説 茨城の城郭』 茨城城郭研究会編 国書刊行会




  

Posted by かるだ もん at 00:31Comments(0)地域・お出かけ 
筑波山麓の『しっぺい太郎』伝説(後編) ~ 『しっぺい太郎』の姿を訪ねて



豆電球前回までのお話
 → 筑波山麓の『しっぺい太郎』伝説(前編)

前回紹介した、筑波山麓に伝わる『しっぺい太郎』伝説
そして、長野県小県郡に伝わる、『筑波山麓の助五郎の犬』伝説
どちらも、化け物猿を退治する犬のお話です。

前回も触れましたが、『しっぺい太郎』に代表される『猿神退治』型と呼ばれる伝説は、全国に似ている話が伝わります。
中でも特徴的なのが、お互いに繋がっていて、それが縁で姉妹都市にもなっている、長野県駒ケ根市に伝わる『早太郎伝説』と、静岡県磐田市に伝わる『悉平(しっぺい)太郎伝説』。
磐田『悉平(しっぺい)太郎』と呼ばれた犬は、駒ケ根の光前寺から借りてきた犬の『早太郎』とのこと。

ということで、筑波山麓にも関わる伝説『しっぺい太郎』や『助五郎の犬』の姿を求めて、
『早太郎伝説』が伝わり、早太郎のお墓もある、長野県駒ケ根市の光前寺に行く機会がありましたキラキラ


【しっぺい太郎=早太郎 伝説が伝わる 長野県駒ヶ根市の宝積山光前寺へ】

光前寺は、平安時代、貞観二年(西暦860年)、本聖上人により開山されたという古刹。
長野県では善光寺に次いで2番目の規模のお寺とのこと。

 豆電球詳細→ 宝積山光前寺ホームページ



先日、9月下旬に訪れました。
台風が接近中で強めの雨が降り始めていました。
風は強くなかったのは幸い。









参道の木々のりっぱなこと!びっくり

山の木々の中に、建物が点在しています。

あいにくの雨でしたが、静謐で厳かな雰囲気が、雨によって更に増すよう。









本堂に向かう道。
立派な龍など、彫刻も立派な建物。

大きなお寺さんで、見どころもたくさんだったのですが、今回の報告は早太郎関連に絞ります。







広い境内の中、本殿に本堂の向かって左の道を行った林の中に、墓地があります。
その墓地の手前に、『早太郎の墓』がありました!









小さな五輪塔のような? お餅を五つ積み上げたような?形のお墓。
苔の緑も美しい。
小さな犬の置物がお供えされているのも可愛いハート

単なる伝説なのか、何かの実を伝える話なのか、今になっては分かりませんが、長い間、早太郎伝説は語り継がれてきたのだなぁと、このお墓と、可愛い置物のお供えを見て感じました。

(写真がピンボケなのはお許しを汗









境内の三重塔の近くに、早太郎の像もありました。
(写真:三重棟に向かって右手の細い石造の上に犬の像)

この像の後方の奥に、上記の早太郎のお墓があります。



庭園も拝観できる本坊には、様々な仏像や、閻魔大王を始め十王や脱衣婆の像が安置されている中に、
精悍な早太郎像と早太郎の伝説の掲示もありましたちょき


本堂で、『早太郎おみくじ』と『早太郎お守り』を購入。


左の大きめの灰色のワンコが、『早太郎おみくじ』
右の小さな金色の根付が、『早太郎お守り』

早太郎おみくじ』 可愛い(*^^*)ハート
このワンコの中におみくじが入っています。
おみくじの結果は『吉』で、しかもとても嬉しい内容が書かれていたので、おみくじを中に戻して、家で大事に飾っています。
(私は良い内容のおみくじは、持ち帰る主義♪)

根付タイプの『早太郎お守り』は、小さな丸い窓から本尊の不動明王のお姿が拝めますキラキラ
これも可愛い上に、中の不動明王像が青いバックでとても綺麗なので、気に入っています。

戌年2018年の秋、可愛い犬のグッズ(おみくじとお守り)が増えました(*^^*)ハート
両方とも『早(はや)ちゃん』と呼んで、テーブルの脇に飾ってます。


筑波山麓に伝わる犬の伝説に出会って、調べているいくうちに、
思わぬ旅先に行くことが出来て、可愛いワンコグッズも手に入れることが出来ました!\(^o^)/

このシリーズ、続きます♪
 → 常陸大宮に伝わる 頑張った犬の伝説2つ(前編)



【おまけ】



なんと、山中から採取される『塩』とのこと!びっくり
こちらも、光前寺で販売されていて、珍しいので購入。

駒ヶ根市からほど近い、長野県大鹿村の鹿塩温泉から採れる『塩』だそうです!
山で採れるので『山塩』。
どうして塩が採れる(塩分を多く含む温泉が湧く)のか、地質学者に方の説明を聞いてみたいですね。

粒が細かくて、舐めると、とてもまろやかです。
思わぬところで、大変貴重なお塩も手に入れることが出来ました笑







  

Posted by かるだ もん at 23:18Comments(0)地域・お出かけ 
筑波実験植物園 きのこ展 2018


10月に入り、すっかり秋になってきました。
秋と言えば、きのこ!

ということで、国立科学博物館 筑波実験植物園 で開催中の『きのこ展2018』(開催期間:平成30年9月29日(土)~ 10月8日(月・祝))に行ってきましたちょき

豆電球詳細:筑波実験植物園きのこ展2018 サイト
http://www.tbg.kahaku.go.jp/event/2018/9kinoko/index.html

入り口で『きのこ展会場MAP』を貰って、みどころチェック。


まずは、常設展示『植物園のきのこの仲間』エリアへ。

植物園のきのこの仲間』エリアは、中央広場に面した森の一角。『筑波山の植物』が植えられいるエリアの向かい側です。

見られるキノコの看板を目印に、きのこがあるか地面を見ていると・・・





ありました、すごく変わった形びっくり
カニノツメ』という きのこ だそうです。 高さは1.5cm程度でしょうか。
面白いですね!
最盛期は過ぎたみたいですが、わずかに数か所、なんとか『カニノツメ』が生えていました。







『カニノツメ』が下にあることを示す、写真入り看板。
群生(していたであろう)場所に何本か立っていました。
これがないと、気づかなかったです。








他にも、林床の朽木に生えた何種類かのきのこ類も見られます。
それぞれ写真と名前が明記されていて、分かりやすい。
スエヒロタケ』、『チャウロコタケ』、『アラケカワタケ』 とのこと。







次に多目的温室へ。

多目的室では、『野生きのこ、栽培きのこ展示』というので、どんなものかと思いながら入ると・・・。

おお!きのこの香り!ハート

説明員の方が
『一つだけ触ってはいけないきのこカエンタケ←触れないようになっていました)以外は、どのきのこでも触ってOKで、手に持って匂いを嗅いでもOKです』
とおっしゃるので、いろいろ手に持って、匂いを嗅ぎまくりました(笑)ちょき

きのこの種類によって、香りに個性はありますが、総じて『きのこの香り』です(*^^*)。 
お腹が空いてきます♪


採取された野生きのこが、所狭しと並べられています。
どれも、採れたて?で、生です。
(奥の方には、ホルマリン漬(?)の標本もありました)

どれも個性的で、きのこって本当に面白いグッド







コウボウフデ』 
コメント欄には『超珍菌』と。
上半分が青黒い粉に覆われていて、これはちょっと触る気はしませんでした汗










専門家の先生がいらしゃったので、先日、万博記念公園を散策中に撮ったきのこの写真を見ていただきました。

これが、9月中旬に、万博記念公園の一角で撮った写真。
このキノコがあちこちに生えてました。

で、先生の見立ては・・・





『多分、このイボテングタケでしょう。つくばの公園ではよく見られます』とのこと。

『カサの形が違うようですが?』と伺いますと、
『若いうちは(私の撮った写真のように)上にカサが沿っていますが、そのうち、この(標本の)ように、カサが下がってくるんです』
とのこと。
一見、違う形なので、違うキノコだと思ってしまいますね!

ただし、先生は、
『変異も多いですし、写真だと正確には判断出来ないのですが』
ともおっしゃってました。

きのこの世界は奥がもの凄く深いですね・・・。



こちらは栽培種のきのこ類。
食卓でおなじみのキノコがニョキニョキと♪
スーパーで売られているのより、かなり大きいです。
いや~、美味しそうハート







最近、生のものが売られている、『クロキクラゲ』。 つくば市産のものも見かけますね。

こんな風に生えてくるんですね、クロキクラゲ。
お店で売られている生キクラゲは、ツヤツヤした表面ですが、栽培中のこちらは、黒いベルベットの布のよう。






コウタケ
コメント欄には『良い香り!! 高級品!!』 ダブル『!!』がついていますちょき

以前、福島県の道の駅で、乾燥させたコウタケが売られていて、かなり良いお値段ですが、思い切って買ったことがあります。
水に戻して炊き込みご飯にしましたが、本当に良い香りで、すごく美味しかったっけハート

コウタケの香りを嗅いで、それを思い出しましたキラキラ



【おまけ】

『ただいま生えているきのこ!!』
という看板に
『タマゴタケ大群生』
と書かれた園内の奥の『冷温帯落葉広葉樹林』エリアに行ってみました。

が、(行った場所が悪かったのか)タマゴタケはよく分かりませんでした。


でも、こんな実が落ちているのを見つけました。

ホオノキの落ち葉と、ホオノキの実

ホオノキの葉(朴葉)は、飛騨高山の郷土料理 『朴葉焼き味噌』 で有名ですよね。
でも、ホオノキの実は初めて見ました。

松かさのように、うろこが並んでいるような表面で、その『うろこ』の下に赤い種らしいのが覗いています。
で、それらがびっちり並んでいる様子がちょっと・・・汗

でも、そばに落ちているホオノキの葉は、朴葉焼き味噌が浮かんできて、やはりお腹が空いてきましたハート

植物って面白いですね!







  

Posted by かるだ もん at 20:28Comments(0)地域・お出かけ 
結城と福井を繋ぐ伝説と信仰―猫塚伝説と袋羽神―


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今年の夏は全国的に自然災害が多いですが、今週に入ってからは、台風21号による関西方面の被害に加え、北海道の大地震まで起きてしまいました。
被害に遭われた皆様に心よりお見舞い申し上げるとともに、一刻も早い復旧を切に願います。

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さて、だいぶ以前になりますが、文献1を読んでいる時に、下記のような話を見つけました。

猫塚伝説
―あらすじ―

江戸時代の初めごろ、越前国(今の福井県福井市)に、川澄角平という片目の武士がいた。

ある時、江戸勤めになり、妻子が留守を守っていたある日、ひょっこり角平が帰ってきた。
しかし、『内密に帰ってきたので、親類や近所に知らせてはいけない』という。
ちょうど、料理しようとしていた鯉があったので、その鯉料理を出す時に、妻は角平がおかしいのに気づいた。
角平はもともと右目がつぶれていたが、「江戸から帰ってきた」という角平は左目がつぶれている。
角平の妻が人をやって弟に連絡をし、戻ってくると、男は逃げた後だった。
鯉を食べるためにタヌキが化けていた。

さて、角平が本当に江戸から帰ってきて何年か経ったある日のこと。今度は瓜二つの女房が二人いるという事件が起きた。二人とも声も所作も全く同じで、見分けがつかない。
そこで角平は自分の故郷 結城の産土神の袋羽神を勧請し、祈った

ある夜、酒を飲みながら二人の女房を見ていると、ハエが飛んできて、一人の方の耳に止まった。するとその耳がピクピクと動いたので、化けものだと分かり、角平が切りつけると、それは年を経た大きな猫だった。
角平は化け猫を葬って、その上に衣羽(袋羽)大権現を祀った。


話の前半と後半は違うエピソードです。

で、私が注目したいのは、後半のエピソードに出てくる
故郷 結城 の産土神』の
衣羽(袋羽)神』です。
衣羽(衣羽)は、『ほろわ』と読むそうです。


【歴史~結城と福井の繋がり】

ここでまず、川澄角平さんの故郷が、(現在の茨城県の)結城であるということについて、考えてみます。

物語の時代 『江戸時代初めごろ』 に注目。

下総国結城(現在の茨城県結城市)の大名だった結城秀康は、江戸時代初め、越前国北庄(現在の福井県福井市)に移り住みます。 そして、越前北ノ庄藩初代藩主、越前松平家宗家初代となります(Wikipediaより)。

たぶん、川澄角平という人は結城家の家臣で、共に越前国に移ったのでしょう。
だから、家で起きた怪奇現象の時に、自分の故郷の神様だった『袋羽神』に祈ったのですね豆電球

福井県に伝わる伝説ですが、その中にある『故郷の結城の産土神に祈った』という一文に、戦国時代終りから江戸時代初期の頃の地方史と当時の信仰が見えて、とても面白いです。


【袋羽神とは】

ほろわ』の字は、『袋羽』と書いたり『衣羽』と書いたりするようです。
伝説では『袋羽』で、現在ある神社の額は『衣羽』になっています。

結城地方に同様の伝説がないか、また、ほろわ/袋羽神についての信仰・風習があるかについて、地図や文献でも調べているうちに、『ほろわ(ほろは)』について詳しく調査された方の論文(文献2、3)を見つけました。

それによると、『ほろわ(ほろは)神』は、東日本、特に東北から茨城にかけてかつて信仰されていた神様だったようです。

また茨城県内の『ほろわ(ほろは)』にまつわる神社等を詳細に調べられていて、結城市付近にはないようですが、筑波山の近く、つくば市北条にある八坂神社の境内社に、保呂羽(ほろは)神社があるとのこと。

川澄角平さんが結城に住んでいた時代(戦国時代終り~江戸時代初期)には、まだ『ほろわ神』信仰が続いていたのでしょう。

東日本の失われた民間信仰の痕跡が、遠く北陸の福井県の昔話に伝わっているのも面白いです!o(^o^)oワクワク。


【猫塚と袋羽/衣羽(ほろわ)神社】


さて、猫塚伝説の伝わる袋羽/衣羽(ほろわ)神社は、現在、福井市内にある神明神社という神社さんの境内に、合祀される形であります。

先月7月に、福井県福井市の方に行く機会がありましたグッドので、猫塚伝説が伝わる袋羽(衣羽)神社がある、神明神社を訪れました(^^)v。






神明神社 拝殿
大きな神社さんです。









神社の境内に、3つの摂社を合祀したお社(合祭殿)があり、その中に袋羽神社もありました。
こちらの神明神社さんのHP(http://www.shinmei-jinja.jp/yurai/ )によると、ご祭神は『袋羽大神』とのこと。







合祀されたお社の額。
向かって一番左に『衣羽神社』の文字が。










中に入ると説明版がありました。

袋羽神社(猫塚さん)
古くは「正保二年(一六四五年)三月吉祥日施主川澄角平興勝」の銘あり。天保・弘化の頃より庶民の信仰得て諸願成就の奇瑞あり。
「袋羽大神」は妻に化けた猫を退治した川澄角平が願を懸けた郷里・結城の産土、袋羽神を称えて建立したものと伝えられている。
現在も「猫塚さん」の名で親しまれ。子供の夜泣平癒に霊験があり、鰊(にしん)をそなえ、絵馬を掲げて子供の無事成長を祈願する人の参拝が絶えない。


とのこと。

説明板の隣には、サンマを奉納するための立派な木製の箱もありました。
傍には同じく木製の板に書かれた
お子様の夜泣き平癒お詣りの方は この中に「にしん」をお供えください。絵馬は社務所でお受けください
の添え書きも。


『招き猫』が描かれた絵馬もたくさん奉納されていました。
赤ちゃんの夜泣きなどに霊験あらたかとのことで、お参りしました(^^)

それにしても、

・退治された化け猫
・退治した(であろう)袋羽神

が習合して、
・『子供の夜泣きに効く』
という信仰に繋がった


その経緯にも、興味がわきます♪豆電球

そして現代では、化け猫ちゃんは、『招き猫』の絵柄になって絵馬に描かれている・・・というのも、日本の信仰っぽくて興味深いですにこにこ

せっかく来ることが出来たので、お守り購入とご朱印も頂きたかったのですが、社務所に行って呼び鈴を鳴らしてもどなたも来られず汗、電車の時間も迫っていたので、そちらは泣く泣くあきらめました泣・・・(拝殿でお祓いをされていたようなので、そちらでお忙しかったのかもしれません)。


【養蚕と猫と信仰】

文献2,3 によると、『ほろわ』の語源はいろいろ考えられるようで、どういった神様だったかも不明のようですが、『ほろわ』に当てられた『袋羽』や『衣羽』という字に、繭を作り絹を生む『蚕』を連想しませんか? 

私の勝手な想像ですが、養蚕業や織物が盛んな土地に伝わった『ほろわ神』は、養蚕の神様にもなって、『袋羽』や『衣羽』という字が当てられた・・・という可能性はありませんかねぇ(^^)。
(文献1でも触れられていますが、絹織物『羽二重』で有名な福井も、昔から絹織物で有名な地域です。)

そして茨城県結城市は、いわずと知れた絹織物の結城紬で有名。
一帯は養蚕業が古くから盛んでした。

養蚕業が盛んだった土地では、蚕の天敵の鼠を食べる猫が大事にされていたと聞きます。
なので、猫を祀るところもあるそうです。
なので、結城付近にも、蚕を(鼠から守る)猫を祀る祠やお社があってもよさそうなのですが、どうもない(今はない?)ようです。

結城地方に伝わる昔話に、猫の伝説はないかな?と、探していたら偶然にも結城に伝わる『ねこづか』伝説がありました!(文献4)
しかも、こちらも化け猫!びっくり

結城の『猫塚』伝説は、
お寺のお葬式で、遺体をくわえて逃げようとした黒猫の化け物を、和尚さんが斬りつける話。
逃げた化け猫が残した爪を集めて埋めた『ねこづか』が昔あったとのこと。


・・・残念ながら、福井の猫塚伝説とは直接関係はなさそうです・・・。

それにしても、羽二重の里の福井でも、結城紬の里の結城でも、お蚕さんを守るニャンコではなく、化け猫伝説なんですねぇ(^m^)。

・・・話が脱線しました(^^;)
養蚕に関する信仰に話を戻します。

結城からもよく見える筑波山の山麓には、絹織物の神様を祀る 蚕影山神社があります。
絹織物が一大産業だった明治時代から昭和の中ごろまでは、蚕影山神社には多くの参拝者が訪れて大変賑わったと聞きます。

そして、全国(特に関東甲信地区)には、この蚕影山神社を分祀した『蚕影神社』が建てられたそうです。

ちなみに以前書いた記事:
豆電球東京・立川の『猫返し神社』と筑波山麓の関係!

にある、東京の立川市の蚕影神社は、阿豆佐味天(あずさみてん)神社、通称:立川水天宮の敷地の中にある境内社です。
もともとは直接『蚕―鼠―猫』繋がりはなく、現代になり偶然のきっかけで『猫の神様』的神社になっていますが、本来は蚕の神様を祀る蚕影神社です。

残念ながら・・・といいますか、総本社の蚕影山神社には、猫にまつわる伝説も信仰も伝わっていないのですが、こう見ていくと、日本の信仰って、とても面白いですね(^^)


【おまけ】

あと、もうひとつ、結城―福井の歴史的繋がりには、つくば関わりがありますグッド

先日のNHKの番組『歴史ヒストリア』でも、『戦国最弱(?)の大名にして『戦国の不死鳥』の異名を持つ』と紹介された、最近人気上昇中?!の小田氏治も、結城秀康とともに越前国に移り住み、そこで亡くなっています。

小田氏の居城だった小田城址歴史ひろばについても、以前書いた記事
 豆電球小田城跡歴史ひろば” の歩き方(入門編)

そして、福井の郷土料理と結城の郷土料理を融合させたみた 創作料理
 豆電球【家庭で堪能!おいしい 茨城&つくば(87)】 結城&福井の郷土食コラボ♪ すだれ麩ときゅうりの胡麻からし酢味噌和え

も良かったらお読み頂き、旅とグルメのご参考に(^^)vちょき


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【参考文献】

1.「妖怪ウォーカー」 村上健司 著 角川書店

2.「袋羽明神とホロハ塚」 徳原聡行 著 (茨城民俗学会誌 第26号 p.46-p.48)

3.「『ほろわ』考」 徳原聡行 著 (常総の歴史 第2号 p.82-p.90) 

4.民話「ゆうき」 結城市教育委員会





  

Posted by かるだ もん at 23:05Comments(0)地域・お出かけ 
ウズベキスタンのおじいちゃん人形 と ダリアの花


先日、我が家に、ウズベキスタンから来ている筑波大学の留学生の方が2泊3日でホームステイされました(筑波大学のプログラム)。
ニックネームはオスカールくん笑


その時に頂いたお土産が、このめっちゃ可愛いおじいちゃんの人形ハート
焼き物で出来ていて彩色されています。

このおじいちゃんが担いでいるのが、ウズベキスタンの『国民食』(オスカールくん談)のプロウ(現地では『オシ』と呼ぶそう)だそうです。
たぶん日本でも食べられる『ピラフ』の語源の1つかと豆電球






【プロウ(オシ)とナン】
ウズベキスタンでは、プロウ(オシ)は家庭料理でもあり、結婚式なのでのイベントでも必ず出るというまさに国民食!
そして地方ごとに、特色あるプロウ(オシ)があるそうで、どこの地域のものが美味しいかよく論争(?)になったり、コンテストをしたりするそう(どこの国も同じね♪)。

オスカールくんが動画(YouTube)で見せてくれましたが、ウズベキスタンでは、ギネスに挑戦して超~大きな鍋(パン)で、超~大量(2トンとか5トンとか!!)のプロウを作るそうですびっくり

材料を聞いたら
僕は料理をしないのであまり詳しくないのですが・・・基本は米、ニンジン、肉(マトンかチキン)とスパイス。それを大量の油で炒めます。
まず、それぞれの材料を層状に重ねて火を通し、最後に全体を混ぜます。
地方や家庭によって材料にバリエーションがあります

とのこと。

材料を層状に重ねて火を通す…がポイントみたいです。面白い,,,φ(.. )

なお、プロウは、ペルシャ料理のポロにも繋がるようで、以前書いた記事
 豆電球家庭で堪能!おいしい 茨城&つくば (15) 千夜一夜物語ごはん 「そらまめのポロ」
も良かったらご覧ください(^^)

ウズベキスタンのオシ(プロウ)も作ってみたいなぁハート
(オスカールくん曰く『ウズベキスタンの料理はどれも油を大量に使うので、油っぽいです』とのこと。でもオスカールくん、スリムですキラキラ

その他、ナンも一般的に食べるそうで、ウズベキスタンでも『ナン』と呼ぶそう。
そのナンも
インドのものと違ってウズベキスタンのものはまず形が丸いです。あと味も違います。
また土地のよって作り方や焼き方や形状が違うので、土地ごとに風味も味もかなり違います

とのこと。
ナンもやはり奥が深い!!

2日目は朝から、千葉県佐倉市の国立歴史民族博物館へ行きましたが、そこの中世日本の村のジオラマを見た時に、
あれが、ナンを焼く窯にそっくり!
とオスカールくんが指した先には、土で作られたらしいかまど(の模型)。

古今東西の、人の営み(食生活)に共通する、文化と知恵を感じた瞬間でしたキラキラ


【ウズベク語】
2日目(土曜日)の夜は、多言語を楽しんでいるヒッポファミリークラブの集まり(つくば)に一緒に行きました。

そこでオスカールくんにウズベク語で自己紹介してもらったら、ヒッポのメンバー達から口々に、
トルコ語(※)に似ている!
アラビア語(※)に似ている!
ペルシャ語(※)に似ている!
と驚きの声が。
ヒッポではトルコ語、アラビア語もストーリーCDがあって聞いていているので音・言葉の波・単語になじみがあり、またペルシャ語は、ホームステイや仕事でつくばに来たイランの方が遊びに来たり、最近イランに行ってきたメンバーが話してくれるので、つくばのメンバー間ではなじみのある音・単語があるのです(^^)。

シルクロードの途中に位置し、古くから交易の道が盛んで文化が混ざってきたウズベキスタンなので、少しずついろんな国の言葉や表現が入ってきていると、オスカールさんも言っていました。

ちなみに、オルカールさんは、ウズベク語、ロシア語、英語が堪能びっくり。すごい!
ウズベキスタンは旧ソ連邦なので、年配の人はロシア語も話せるそうですが、若い世代はロシア語は出来なくて、学校で習う英語を理解するそうです。


【ダリアの花】
2泊3日でしたが、オルカールさんはとても明るく話し好きで、本当にいろんな話しをしました。その中の1つ、ダリアの花について。
オスカールさんのお父さんは園芸業者さんで、数年前まではいろんな花を作っていたそうですが、ここ最近はダリアの栽培に特化しているそう。

ダリアといえば、我が家の娘たちがそれぞれ、やはりヒッポファミリークラブの青少年交流で、それぞれ(長女が小学5年生の時にウラジオストックへ、次女が小学6年生でハバロフスクへ)ホームステイしたことがあります。

ロシアでは、夏はダーチャと呼ばれる農園を持つ家庭も多く、二人ともそれぞれ、ダーチャでの写真を撮ってきましたが、どちらの写真も野菜・果物に加えて、ダリアの花がみごとに咲き誇っていたのが印象的でしたキラキラ


ロシア~ウズベキスタンあたりの、旧ソ連邦~中東のあたりは、夏はダリアの花が超人気なのでしょう(*^^*)。

もう1つ、ダリアといえば!
石岡市の八郷地区にある茨城県フラワーパークダリアもまた、大変見事ですキラキラ


写真は2015年2月上旬撮影。
温室の中でたくさんのダリアが咲き誇ってましたハート









人の顔よりも大きい花もあり、色鮮やか。
本当に見応えがあります。



ご興味ある方は、是非行ってみて下さい(^o^)
豆電球詳細: 茨城県フラワーパークHP




オルカールくんは大学院の勉強が非常に大変とのことで、なかなか会えなさそうですが、帰国前の1カ月弱は時間が出来るようで、その時はまた会いたいと思っています笑


参考
 ヒッポファミリークラブ 公式ページ
 ヒッポファミリークラブ茨城南地域 Facebook






  

Posted by かるだ もん at 21:57Comments(0)国際交流地域・お出かけ 
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かるだ もん
かるだ もん
徒然なるままに、興味のあることを気ままに書いています。好きなことばは「中途半端も、たくさん集まればいっぱい!」(ドラマのセリフ)

地元つくばや茨城の話題を中心に、茨城の食材を使った家庭料理、民俗学もどき、国際交流、旅の話題など、趣味の記事を掲載中。

特に自分の勉強も兼ねて、
★民話・伝説紹介と、それにちなむ土地めぐり
★茨城を中心に、全国の郷土料理と食材(世界の料理も含む)の話題
の話題が多いです。

・ヒッポファミリークラブ(多言語自然習得活動と国際交流)
・観光ボランティア
・郷土食研究会うまかっぺ!茨城



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