茨城3つの養蚕信仰の聖地について(2) ~ 蚕伝来の伝説と「豊浦」


茨城3つの養蚕信仰の聖地について、じっくり調べて考えていくシリーズ。
文献を参照しつつ、取り組んでいきますので、お付き合い下さい笑


豆電球前回までの話
 →  茨城3つの養蚕信仰の聖地について(1)


江戸時代前までは、生糸は輸入に頼っていたのですが、江戸時代になり絹の需要が伸びて、輸入のための金銀の流出を防ぐために、幕府は輸入生糸量を制限し、国内の養蚕を奨励するようになりました(文献1)

そうなると養蚕の為の手引書が生産者にとって必要になってきます。
日本で発行された初期の手引き書は、元禄十五年(1702年)に近江の野本道玄による『蚕飼養法記』で、幕府・諸藩の奨励と民間の熱意もあって、その後も江戸期には約100冊もの手引書が刊行されたとことで、著者の多くは蚕種作り商う蚕種家だったそうです(文献1)。
その中で、享和三年(1803年)、上垣守国によって書かれた『養蚕秘録』は詳しい養蚕技術だけでなく、養蚕の起源、蚕の伝説、真綿の作り方、教訓的な話など多義にわたる大変な名著として全国に広まり、その中に『金色姫』譚もありました(文献1,2)。

繊細な生き物である蚕の成育の難しさ、気候変動による蚕の餌となる桑の生育、鼠などの食害等に立ち向かうには、知識と技術はもちろんですが、やはり精神的支えも必須で、そこを救うのが、信仰の力なわけですにこにこ
従って、そこに様々な信仰も広がっていきました(文献2,3,4)。

それらの信仰の中に、『常陸国三蚕神社』(江戸時代は寺も関係)が聖地として重要な位置を占めキラキラ、明治以降の養蚕の興隆とともに、流行神として信仰が広がっていきました(文献1,2,3,4)。

『常陸国三蚕神社』のそれぞれについては、今後各論で考察していきますが、
共通に『伝わっている』のが、『金色姫伝説』
です。

私はこの『金色姫』伝説の発祥の地が気になっています。


今回は、金色姫譚が生まれそうな土壌、土地について、文献を元に、妄想も膨らませてキラキラ考えてみます。
(今後は『金色姫伝説』でなく、『金色姫譚』と記載します)

写真は蚕の繭ですが、指を入れて洗顔するために一部カットされた美容グッズです。
現代は贅沢になってきていますね汗






【金色姫譚は、常陸国で生まれたのか??】

のっけから、愛県心の強い方に怒られそうですが汗
(しかも私は、金色姫譚の本拠地?のつくば に住んでいる、つくば市民ですが汗
私は、
今に伝わる『金色姫譚』の元となる、『原・金色姫譚』があって (それが生まれたのは常陸国とは限らない)、
それが時代と共に、『常陸国の金色姫伝説』になっていったのではないか

と考えています。

つまり、養蚕技術が常陸国に伝わった時に、『原・金色姫譚』的な説話・伝説も一緒に外から入ってきた可能性を考えています。

その根拠として、

① 弥生時代前期の遺跡から絹が出土している(文献1,2、3)

② 本格的な養蚕技術は、1~2世紀頃に、朝鮮半島からもたらされたと考えられている(文献3)
  またはその前に、中国・華中方面からもたらされた可能性もある
(文献5)

③ 魏志倭人伝に、(西暦239年)邪馬台国の卑弥呼が魏の明帝に国産の絹を献上したという記述と、
 邪馬台国では桑と蚕を育て、糸を紡ぎ、上質の絹織物を作るという記述がある
(文献1)

ということで、かなり古くから、『海を渡って』外国から養蚕技術がもたらされ、既に3世紀の卑弥呼の頃には自分の所で
作った絹を魏の国に献上するまでになっていたわけです。

・養蚕技術とともに、蚕や養蚕にまつわる様々な説話・伝説が日本列島にも伝わり走る
・更に、養蚕技術が国内各地に伝えられる時、説話・伝説も一緒に伝わり、広がっていった芽


だろうことは容易に想像出来ますちょき

そういう伝承の一つに、

『金色姫』的なモチーフの話 = 『原・金色姫譚』

があったのではないかと、私は考えています。


【海から流れ着いて豊浦に】

さて、金色姫譚では、海に流された姫が『豊浦』に漂着します。
常陸国に伝わっている話なので、『常陸国豊浦』となっていますが、妙にはっきりと伝わる地名『豊浦』が気になります。

文献6で『豊浦』という地名を調べると、常陸国に該当する古代地名はありません泣

しかし『豊浦』という地名は全国に数ヶ所あり、有名な所で、奈良県明日村の豊浦宮(推古天皇が即位)、
山口県穴門(長門国)豊浦郡・豊浦津(仲哀天皇滞在・神功皇后滞在・出兵)があります。

特に2つめの、山口県穴門(長門国)豊浦郡・豊浦津は、関門海峡に接し日本海側にも瀬戸内海にも接している交通の要所です。
地理的にも、中国大陸、朝鮮半島に近く、古くから交易が盛んだった地
卑弥呼のいた邪馬台国の候補地、九州北部にも隣接する地

・・・すごい土地です!びっくり

そして、この山口県の『豊浦郡・豊浦津』を調べると、やはり大変興味深いことが分かってきます!びっくり


【奉献珍宝蚕種等】

日本三大実録 巻五十 光孝天皇 仁和三年七月の記事に、

十七日戊子。左京人従五位下行采女正時原宿祢春風、賜朝臣姓。春風自言。先祖出自秦始皇十一世孫功満王也。
帯仲彦天皇四年、帰化入朝、奉献珍宝蚕種等
。』

という記載があります(文献7)。

平安時代 仁和三年(西暦889年)七月十七日戊子の日に、左京の人の時原春風という人が、「朝臣」の姓を賜った記事で、
その時に、春風が自分の出自を、

秦の始皇帝の十一代目の子孫の功満王が自分の先祖で、
(功満王は)帯仲彦天皇四年に、この国に帰化して、その時に、珍宝蚕種などを献上しました


と語ったという記事です。
 ※ 左京人:左京に住む人の意か? 
    従五位下:位階の一つ
   采女正:女官(采女)の長。
   宿祢:称号の一つ
   朝臣:天武天皇が(西暦684年に)定めた「八色の姓(かばね)」の上から二番目。
   帯仲彦天皇: 仲哀天皇。日本武尊の息子で、神功皇后の夫。

ただし、帯仲彦天皇(仲哀天皇)は、実在が疑われている天皇(父親の日本武尊が既に伝説の存在)なので、
『帯仲彦天皇四年』が西暦何年なのかは不明です泣

いずれにしても、時原春風という人の家で伝わる出自を語ったという話で、又聞きの記録ではありますが、
ここで注目したいキーワードが、

● 『功満王』
● 『奉献珍宝蚕種等』


です。

功満王は、外国から来て『蚕種=蚕の卵』を奉献し、帰化したということ。
誰に奉献したかは不明ですが、文意から行くと、帯仲彦天皇(仲哀天皇)でしょうか豆電球


【仲哀天皇】

仲哀天皇=帯仲彦(たらしなかつひこ)は、謎の多い天皇で、奥さんの神功皇后があまりにも有名ですが、仲哀天皇自身は非業の最期を遂げます。

さて、古事記によると、仲哀天皇は、『穴門の豊浦宮、筑紫の訶志比(香椎)宮に座して、天の下治らしめき』とのこと
(文献8)。

穴門はその後「長門国」となり、現在の山口県西半部から東北部に位置します(文献6、8、9)。

関門海峡があり、日本海側にも瀬戸内海にも接している交通の要所キラキラです。

また筑紫国は関門海峡を挟んで長門国と隣接する土地。今の福岡県のあたりで訶志比(香椎)も日本海に接した場所です。
つまり交通の要所をがっつり押さえた場所に、仲哀天皇は宮を構えていたわけです。

上の時原春風が語った、自分の先祖(功満王)が仲哀天皇在位4年目に、蚕種を直接、仲哀天皇に献上したとしたら、
仲哀天皇のいた『穴門豊浦宮』の可能性がとても高くなります。グッド

なお『穴門豊浦宮』の『豊浦』は『とゆら』『とよら』と読むようです
(文献6、8、10 )。


【功満王】

(文献11,12 )によると、

功満王:秦始皇帝の子孫。融通王(弓月君)の父。秦氏の祖
ここに出てくる融通王は、
融通王 → 弓月君:秦氏の祖。応神十四年条に百済より帰化。功満王の父親

とのこと。

更に同文献の『弓月君』の項目に、姓氏録左京諸蕃という書物にある記載として
『(前略)その男功満王は仲哀天皇代に来帰し、その男融通王が応神十四年に百廿七県の民を率いて帰化し、金銀玉帛等物を献じた。
そして仁徳天皇の代に百廿七県の秦民を諸郡に従わしめ、姓波多を賜った』
とあります。

波多(はた)氏は秦氏。
秦氏は、養蚕と絹織物の技術を伝えた氏族です(文献2)。



【穴門豊浦宮】

今の山口県にあった『豊浦』について、もう少し見ていきます。

● 『豊浦という呼称の所見は「日本書紀」の熊襲征討の記事で、仲哀2年6月10日条に「天皇泊于豊浦津」、同年7月5日条に
 「皇后泊豊浦津、是日皇后得如意珠於海中」とある』 

(文献6)

● 『「日本書紀」仲哀天皇二年九月に 「宮室を穴門に興てて居します。是を穴門豊浦宮と謂す」 とある豊浦宮の置かれた地とされる』
(文献13)


更に養蚕に関しては、

● 『「続日本紀」神護景雲2年3月朔日条によれば、豊浦郡・厚狭郡などに養蚕をさせ、調の銅を綿に代えることとした
(文献6)


また朝鮮半島に近く、交通の要所でもあるため、漂着する人の記事もあり、

● 『弘仁5年10月13日には新羅商人31人が当郡に漂着しており(日本後紀)』
(文献6)

たぶん、大昔から漂着者が多い土地で、記録に残らない漂着者も多かったことでしょう。
遭難して漂着した人もいたでしょうし、大陸や半島から逃げてきた人達、新天地を求めて来た人達も多かったのでしょう。


【豊浦はどこか?】

こう見ていくと、

★ 『豊浦』『豊浦津』という歴史的に有名な地名
★ (献上された)蚕種(蚕の卵)
★ 養蚕
★ 『海から流れついた』=海上交通の要所、遭難した人が流れ着く地


が文献的にも考古学的にもはっきりしているのが、穴門の豊浦だということが分かります。

ちなみに、穴門は長門国となり、国府も置かれるようになります。
また、仲哀天皇がいた『豊浦宮』のあった場所は、現在、忌宮神社(山口県下関市)の周辺に比定されています(文献9、13)キラキラ

金色姫譚のキーワードが揃う、山口県の『豊浦』
『長門国』が、『常陸国』に変わっていったとしたら・・・!?

妄想が広がりますが芽
金色姫譚伝説の元となる伝説・説話の存在(原・金色姫譚)の気配を、感じませんか?笑

そして、『常陸国豊浦』との関係は・・・!?


(続きます)


*****************************

【参考文献】


1,『養蚕と蚕神 近代産業に息づく民俗学的想像力』 沢辺満智子 著 慶応義塾大学出版会 発行

2.『蚕 絹糸を吐く虫と日本人』 畑中章宏 著 晶文社

3.『養蠶(かいこ)の神々-蚕神信仰の民俗-』 阪本英一 著 群馬県文化事業振興会 発行

4.『養蚕の神々 繭の郷で育まれた信仰』 安中市ふるさと学習館 編集・発行

5.『森浩一対談集 古代技術の復権』森浩一著 小学館ライブラリー 収録『絹(対談者 布目順郎)』

6. 『古代地名大辞典 本編』 角川文化振興財団 編集 角川書店

7. 『新訂増補 国史大系 日本三代實録 後編』 吉川弘文館  p636

8. 『記紀の考古学』 森浩一 著 朝日文庫

9.『日本古代史地名事典 普及版』 雄山閣 

10.『日本古代地名事典』田茂樹 著 新人物往来社

11. 『日本古代人名辞典3』 武内理三・山田英雄・平野邦雄 著 吉川弘文館

12. 『日本古代人名辞典7』武内理三・山田英雄・平野邦雄 著 吉川弘文館

13 『日本歴史地名大系第三十六巻 山口県の地名』平凡社





  

Posted by かるだ もん at 19:33Comments(0)地域・お出かけ 
茨城3つの養蚕信仰の聖地について(1)


蚕影山に伝わる金色姫伝説では、金色姫は「天竺」から舟で流されてきました。

天竺」・・・インドです!

もう20年以上前になりますが、当時のJICA筑波の研修員の方で、
インドの養蚕技術の研究者の方が我が家にホームステイされたことがありました。

つくば市には匡の研究機関が多くありますが、当時の農林水産省の蚕糸・昆虫農業技術研究所(※)に養蚕技術の研究のために来られた方でした。
 ※ 蚕糸・昆虫農業技術研究所は、その後、他の農林水産省の研究所と統合され、現在は、国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究 機構(農研機構) 農業生物資源研究所の一部門となっているようです。


その方からお土産に、インド産のシルクのスカーフを頂きましたキラキラ
(写真は頂いたそのスカーフのアップ)

落ち着いた色合いとシルクの肌触りがとても気に入っていて、しかも丈夫で20年以上経っても全然へたっていない! 。なので、現在も愛用していますが、不勉強な私は
インドの絹/絹製品』を、その時初めて知った次第でした。






スカーフについている、
「100% PURE SILK MADE IN INDEA」と書かれたタグ
まさしく、天竺の絹織物!

ところでその当時、筑波山麓に『蚕影山神社』というのがあるらしいというのを知ってはいましたが、まだ行ったことはなかったので、養蚕の神様だから、その方と一緒に行ってみたいと提案しました。

しかし、その方は大して興味を示されず (まあ、科学技術としての養蚕を研究されている方ですし、日本の神様にも興味ないのは当然かな)、うちの家族も気乗りしないようだったので、一緒に行くことはありませんでした。

ただ個人的に、ずっと蚕影山神社に惹かれて、今に至り、つれづれなるままに、蚕影山神社の話題を中心に、養蚕信仰について調べては、以下のような記事を当ブログに書いてきました。

豆電球筑波山麓 蚕影山神社、神郡地域の話題として、

 ● つくば市フットパスで訪ねる金色姫伝説

 ● 蚕影山神社と桑林寺~金色姫伝説の不思議

 ● 東京・立川の『猫返し神社』と筑波山麓の関係!   

 ● つくばプチ民俗学・・・ならせ餅

  豆電球また、養蚕とは直接関係はないのですが、蚕影山/神郡周辺の話題として、

   ● 筑波山麓を舞台にした古代の民衆ドラマ!蚕影山の『和気広虫』伝説

   ● つくば市内 万葉集に詠われるもう一つの山 『あじくま山』

  豆電球 蚕影山信仰とは直接は関係ないのですが、つくばにも近く絹織物の結城紬で有名な結城に関係する話題として

    ● 結城と福井を繋ぐ伝説と信仰―猫塚伝説と袋羽神―

    ● 茨城 こんなもの見つけた♪(21) 結城まゆ細工ストラップ・結城紬バッジ・大穂ほうきストラップ



金色姫伝説』が伝わるのは、つくば市の蚕影山神社だけでなく、神栖市(星福寺・蚕霊神社)日立市(蚕養神社)にも伝わります。

これら3つの神社は、『茨城 三大蚕の神社』ということで、特に明治以降、日本で絹製品の輸出が増加し、養蚕業が盛んだった頃に、関東甲信越を中心に、各地から多くの参拝者(昭和になるとバスを仕立てて参拝に来られたとか)が訪れ、分霊された神社も各地に建てられました。
(その一例が上にも紹介した記事 → 東京・立川の『猫返し神社』と筑波山麓の関係!


さて、日本国内の絹といえば、世界遺産の群馬県富岡市にある富岡製糸場 が有名ですよね。
現在放送中のNHK大河ドラマ『青天を衝け』の主人公は、『近代日本経済の父』澁澤栄一。もうすぐ新一万円札の顔にもなりますが、
その澁澤栄一も設立に関わった富岡製糸場。

インドのお土産のシルクスカーフから始まり、
近代日本の産業 - 絹・養蚕 ー 養蚕信仰 ー 茨城県の3つの養蚕信仰の聖地と歴史・民俗等

と、自分の中で、一本の糸で繋がったのでちょき、これから、じっくり 気になっていた
茨城県の3つの養蚕信仰の聖地
について書いていこうと思います。
(本当は茨城県歴史館あたりで企画展して欲しいくらいですがぷんぷん。過去に企画展やったことあるのかな?)


ちなみに参考文献は、県内各地に伝わる昔話と地域史(市史・町史)等の他に、

★ 『養蠶(かいこ)の神々-蚕神信仰の民俗-』 阪本英一 著 群馬県文化事業振興会 発行

★ 『養蚕の神々 繭の郷で育まれた信仰』 安中市ふるさと学習館 編集・発行

★ 『養蚕と蚕神 近代産業に息づく民俗学的想像力』 沢辺満智子 著 慶応義塾大学出版会 発行

★ 『蚕 絹糸を吐く虫と日本人』 畑中章宏 著 晶文社


をメインの参考文献・テキストとさせて頂き、勉強しながら書いていきます。


(続きます)
茨城3つの養蚕信仰の聖地について(2) ~ 蚕伝来の伝説と「豊浦」


【おまけ】 


世界遺産 富岡製糸場 (2019年8月撮影)

大変見応えがあります。








その富岡製糸場へ行ったときのお土産

● 『富岡名物 まゆこもり 富岡産シルク入り』 



 (本当はもっと箱ぎっしりに入っていたのですが、半分以上食べてしまってからの写真なので4個だけです汗

  美しい白色と可愛い形ハート
  品の良い甘さの葛湯の素。

  お湯に溶かして葛湯として頂くものなのですが、実は干菓子として直接食べても美味しくてハート、その後、再び群馬に行ったときにリピートして買いました。
  富岡製糸場でなくても、道の駅などでも買えましたので、見かけたらまた買うつもりです笑




(以下、画像に注意 (笑))






『かいこ王国』さんの蚕の形のチョコレート



 富岡製糸場前の商店街にあるお店で購入。

  クランチの入ったホワイトチョコの蚕が、抹茶味の緑色のチョコの上に乗っています。

  これはインスタ映えする(?)のもあって、ネットでは結構有名ですよね。   
  
  蚕の形に一瞬ギョッとして、キワモノ的汗ですが、食べるととても美味しいチョコレートでしたグッド
  (私はホワイトチョコは好きでないのですが、こちらのこの蚕の形のチョコは美味しかったです! お店の方によると、とても良い材料を使って作られているとのことで、要冷蔵でした)





  

Posted by かるだ もん at 19:35Comments(0)国際交流地域・お出かけ 

2021年03月09日

筑波山梅林2021

筑波山梅林2021


先日、3/7(土)早朝、思い立って、筑波山梅林を見に行きました。

東京・神奈川・埼玉・千葉の首都圏1都3県が、引き続き、新型コロナウィルス感染防止の為の緊急事態宣言が延長されましたが、茨城県は県独自の緊急事態宣言が2/23に解除され、『第48階筑波山梅まつり』が開催されています。

豆電球筑波山梅まつり 公式HP
 ※開花状況などこちらで分かります。
 豆電球【3/13追記】観光ボランティアガイド298の会長さんによる筑波山梅林の紹介の動画(YouTube)も見られます。大変詳しくて、必見です!



この日、家を出る時は濃霧でしたが、筑波山に近づくにつれ、霧が薄くなってきましたちょき

人が少ない早朝で、屋外ですが、やはり念には念を入れて、感染対策のマスクもしっかりして、観梅。









これこれ!この黒い斑れい岩と梅の木々の中を歩くのが、筑波山梅林の醍醐味。
紅梅はピークが終わったようですが、白梅は、今が満開!!
周りに人が居ない時に、そっとマスクを外すと・・・ああ!梅の香りがハート
今年も梅に出会えて良かった。







朝日に照らされる、展望四阿(あずまや)。
家を出るときは、濃霧の中でしたが、期待通りちょき
筑波山中腹から上は霧はなく、薄く青空がグッド









展望四阿の向こうに、雲海に浮かぶ宝筺山(ほうきょうさん)。
幽玄な姿です。










私の好きな、沢沿いの道。
この道を下って行きます。









梅のこういう枝が、味わい深いですよね。
梅林を歩いている内に、頭上の雲が切れて青空が見きました。









下界はまだ濃霧の中なので、今日は関東平野は見渡せませんでしたが、
梅林の上から見ると、白梅の雲が、麓の雲に続くようで、これはこれで美しいハート









林道(自動車道)のピンカーブの崖では、岩の割れ目からわき水が。
清らかな湧き水を受ける素焼きの小さな器が、可愛い。











林道(自動車道)の脇の『見返り縁台』から、梅林を望む。
尾根づたいに、紅白の梅の雲を、横から見られます。

写真左に見える黄色い花を咲かせる木は、サンシュユです。







第一駐車場に続く園内の遊歩道。
この辺りは初夏は、紫陽花が綺麗なところです。
 豆電球以前書いた記事 → 筑波山梅林の紫陽花 2020

今の時期は足下の水仙の花が愛らしい。梅と水仙が咲く小道を歩きます。






今年は梅まつり期間中、園内の4カ所にクイズの看板が設置されているようです。
クイズに答えると、つくばの名産が当たるかもとのこと。









『観梅広場』では、つくば観光大使の皆様の巨大な看板が!
コロナ禍の今は、実物の観光大使がお出迎え出来なのので、苦肉の策なんでしょう。
早くコロナが収まって、艶やかな本物の観光大使にお出迎えして頂きたいですよね。

こちらでは、『たき火カフェ』が楽しめるようです。

観梅広場の近くでも、黄色いサンシュユの花を咲かせる木々があります。




梅まつりのピンクの旗って、可愛いですよね。










梅林に隣接する、『フォレストアドベンチャーつくば』で、梅まつりの期間限定で行われている、1000円の体験コースも楽しみましたグッド

空中を飛びながら! 見渡す満開の梅林キラキラ、そして筑波山(男体山)の姿キラキラ、最高でした!キラキラ








【本日のお土産】


『おもてなし館』で見つけた、マグネット。
4種類ほどの絵がありましたが、私は迷わず、筑波山神社御座替わり神事の絵。
とぼけたにゃんこたちのなんと可愛く、味わい深いこと!
茨城県を拠点をオリジナルキャラクターのグッズの製作・販売している「おたさく」さんデザインのマグネットです。









【ご参考】 筑波山梅林の過去の記事

豆電球2020年の梅林の報告
筑波山梅林2020
筑波山梅林の紫陽花 2020

豆電球2019年の梅林の報告
平成最後の筑波山梅林梅まつり2019

豆電球2018年の梅林の報告
筑波山梅林2つの秘話(1)と、梅まつり2018年3月3日&7日
筑波山梅林2つの秘話(2)~筑波山梅林より古い隣接の梅の林

豆電球2017年の梅林の報告
  ・筑波山梅林 梅まつり 2017年3月5日

豆電球2016年の梅林の報告
  ・筑波山梅林 梅まつり 2016年2月21日

豆電球2015年の梅林の報告
  ・筑波山梅林 梅まつり 2015年3月8日

豆電球2014年の梅林の報告
 ・2014年筑波山梅まつり その1 ―2/22オープニング
 ・2014年筑波山梅林梅まつり その2 3月9日(日)






  

Posted by かるだ もん at 20:06Comments(2)地域・お出かけ 
おめでた柄 と 桃太郎柄 の きびだんご


きびだんご』、岡山みやげで有名ですね。
子供の駄菓子というより、庶民の大人のお茶受けという感じでしょうかハート

そして、昔話の桃太郎では、おばあさんが作ったきびだんご。
猿と犬と雉が、桃太郎のお供になる報酬としての(?)きびだんごグッド

きびだんごは、『黍(きび)』でつくられているから、『きびだんご』なのか?
はたまた、『吉備国』(今の岡山県全域も含むエリア)で作られただんごだから、『きびだんご』なのか?

桃太郎のきびだんごは黍で作られた『黍団子』。
そこで『黍』と『吉備』をかけて、更に岡山の吉備津彦伝説・温羅伝説と桃太郎を結び付けて
観光振興で生まれたお菓子が、岡山銘菓の『きびだんご』なのだそうです。
グッドアイディア豆電球

そして押しも押されぬ岡山みやげキラキラ

現在はなかなか旅行が出来ない状況ですが、今回、私は、 生協で、
暮れに正月バージョン、年明けに節分バージョンが売られていたので、購入しました(^o^)v。
どちらも、岡山市の山方永寿堂さんの製品。

パッケージの日本伝統のおめでたい柄がとても可愛いハート

めでたくもキッチュな絵柄が、ほのぼのとして、そして何か駄菓子も連想(※)させます。

 ※ご参考:以前書いた記事 → 『山形 鶴岡駄菓子



●正月バージョン 


 さすがお正月バージョン。
 箱も包み紙もめでたい絵づくし。

とても凝ったデザインで、扇子の真ん中の穴(窓)から、内蓋に描かれた『大入』の文字が見え、
扇子の描かれた蓋を開けると、更に賑々しく、熊の手のようなデザインで、おめでたい柄が出てきます。キラキラ
 





箱の横には、『きびだんご(KIBIDANGO)についての簡単な英語の説明があり、
 さらに箱のふたを開けると、箱に描かれた日本伝統の吉祥絵柄の説明が英語で書かれています。

 説明は英語オンリー!
 外国へのお土産を意識したデザインです。

 だんごの入った袋の上には、付録として、めでたい形を折れる折り紙数種類と、折り方の説明書も。
 めっちゃ、気が利いてます(^^)

 とにかく箱のデザインが凝っていて、しかも可愛い!





お団子を包む包装紙は、
招き猫、鶴と亀、福助、七福神、鯛
の5種類。
それが2個ずつなので、お団子は計10個。





一口大のお団子
柔らかくて、舌触りが滑らかで、ほのかに甘くて美味しいハート










●桃太郎バージョン
 
 
『きびだんご(吉備団子・黍団子)』といえば、やはり桃太郎伝説!
 桃太郎伝説の『鬼』は、節分の『鬼』も当然連想させるので、節分バージョンともいえそうですね。









こちらは、きなこだんごです。
こちらにも、きびだんごときなこの説明が簡単に英文で書かれています。









こちらも箱のデザインが凝っていて、やっぱり可愛い!
こちらのバージョンでは折り紙は入っていません。
折り紙の付録は正月バージョンのスペシャルなのですね、きっと。

あと、残念がことに、『桃太郎』伝説についての説明がない・・・。
箱の内側に、桃太郎のお話の英語でのあらすじと説明があったらもっと良かったなぁ~。





お餅を包む包装紙は、
桃太郎、犬、猿、雉、鬼 の5種類。
こちらも2個ずつで、計10個のお餅。











きなこがまぶされた、きびだんご。
きなこの香ばしさが、きびだんごの柔らかくほのかな甘さを引き立て手美味しい。
個人的に、きなこは大好きハート








両方とも、日本文化に興味を持つ外国の人へのお土産にぴったりですが、日本人の私達にも嬉しいデザインハート
正月、節分以外のバージョンがあったら、欲しいくらいグッド


ただし、気になるのが、原料(Ingredients)についての英語の記載。
(以下、いずれもアンダーラインは筆者による)

きびだんご(KIBIDANGO)は、
 『sugar, rice cake powder, starch syrup, starch, millet powder and others

きなこきびだんご(Kinako-Kibidango)は、
 『sugar, rice cake powder, starch syrup, toasted soybean flour, starch, millet powder and others

の『others』に、多分、かなり神経質になる外国の人は多いと思います。

動物性由来のものが使われていないか、アルコールが少しでも含まれていないか、ベジタリアンはもちろん、
イスラム教の人など、アルコールも、お肉も特別な祈祷をしてとさつされた肉でないと食べませんから。

海外向けなら、そこのところも是非気をつけて、材料をきちんと細かく英語で書いた方が良いです。
それを読んで安心して買える人や、お土産として受け取れる人が増えますから。

そういう点も考慮して安心してもらいながら、日本のお菓子や伝統行事や文化、伝統柄をどんどん海外に発信して欲しいですね。
日本人の私たちも知らなかったこともあって、とても面白いですし(^^)


桃太郎伝説は、岡山の吉備津彦伝説・温羅伝説が元になったという説があり、
それ故、桃太郎伝説の舞台は今の岡山だ言われているそうです。

温羅は大陸から製鉄技術を伝えた一族とも考えられるそうで、『鬼ノ城』遺跡は古代の朝鮮半島の山城の形式
であったり、近くからは製鉄遺跡が発掘されていたり、古代ロマンたっぷりの土地。

新型コロナが収束したら、この地を訪れたいですハート





  

【茨城こんなもの見つけた♪(48) 】 自宅で楽しめる!『三浜たこめし』の炊き込みご飯


ひたちなか海浜鉄道 大洗駅の駅弁で『三浜たこめし』という有名な駅弁があります。
三浜と書いて『さんぴん』と読みます。

蛸の炊き込みご飯の上に、煮だこの薄切り、錦糸卵、ほうれん草がのって、
その他に煮物がつく駅弁キラキラ

煮だこが柔らかくて美味しかったのが、今でも記憶に残りますハート


なかなか旅に出られないご時世ですが、家で、あの『三浜たこめし』の駅弁を楽しめる、炊き込みご飯の素を見つけたので、早速購入。
おうちで、駅弁もどきを作って、ささやかに旅気分を楽しみましたグッド









米1合の炊き込みご飯の具材がレトルトパックになっています。
洗った米にレトルトパックの具材を加えて、炊飯器で炊くだけで、美味しい蛸入りの炊き込みご飯が出来るというもの。







パッケージに指示があるのは、1パック当たり『お米1合分』ですが、
うちはケチなので、お米2合で1パック使いました豆電球
具は少なくなりますが、それでも充分美味しい炊き込みご飯が出来ますちょき

そうなると、あの『三浜たこめし』駅弁を、おうちで作りたくなり、やってみました。ちょき

ちなみに、本物の『三浜たこめし』の駅弁については、
 豆電球→ 『お弁当の万年屋』さんのHP http://www.o-bento.co.jp/ekibento/
をご覧下さい。

さて、おうちで作ってみる『三浜たこめし弁当』もどきてすが、
今回は下記のように作ってみました。

① 蛸の煮物

 スーパーで購入した茹で蛸を、炭酸水と白だしで煮ました。
 市販の茹で蛸でも、炭酸水と一緒に煮ると柔らかくなるとのことで試しましたが、思ったほど柔らかくなくて。
 やっぱり、生から煮ないと難しいのでしょうか。
 駅弁のタコの柔らかさはすごいなあと実感。

②錦糸卵
 溶き卵の薄焼きを、細切り。
 私はおおざっぱな性格なので、細切りというのははばかる太さですが汗

③茹でたほうれん草
 軽く塩味にしてみました。
 今の時期のほうれん草は、甘くて美味しいですよねハート

④煮物 
 本物の駅弁では、タケノコや椎茸などの煮物がついています。
 今回は、冷蔵庫のあった蓮根とピーマンを、①の蛸を似たツユで煮ました。
 これが良い感じ♪ 蛸の風味も加わって美味しかったです。
 椎茸や人参やたけのこなど加えたら、より本物に近くなったと思いますべーっ




家にあるお弁当箱に詰めてみました。
盛り付けがイマイチなのは、ご愛敬で汗

でも味はかなり本格的になったと思いますキラキラ
簡単なのに美味しくて、気分アゲアゲグッド


早く新型コロナが収まって、現地に行けるようになって、本物の『三浜たこめし』や他の駅弁を楽しみたいです。



ひたちなか海浜鉄道については、かなり以前の記事ですが、良かったら。

 豆電球ひたちなか海浜鉄道 湊線の旅 & 阿字ヶ浦散歩

 豆電球電車旅で、国営ひたち海浜公園の春の花を満喫

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プロフィール
かるだ もん
かるだ もん
徒然なるままに、興味のあることを気ままに書いています。好きなことばは「中途半端も、たくさん集まればいっぱい!」(ドラマのセリフ)

地元つくばや茨城の話題を中心に、茨城の食材を使った家庭料理、民俗学もどき、国際交流、旅の話題など、趣味の記事を掲載中。

特に自分の勉強も兼ねて、
★民話・伝説紹介と、それにちなむ土地めぐり
★茨城を中心に、全国の郷土料理と食材(世界の料理も含む)の話題
の話題が多いです。

・ヒッポファミリークラブ(多言語自然習得活動と国際交流)
・観光ボランティア
・郷土食研究会うまかっぺ!茨城

別館: 夢うつつ湯治日記 https://note.com/carfamom/

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