2015年05月05日
茨城県最古級!‐丸山古墳(石岡・八郷)に行ってきました
【茨城&つくば プチ民俗学】 茨城県最古級!‐丸山古墳(石岡・八郷) に行ってきました。
今の時期、ツツジが美しい筑波山付近。
筑波山神社にも行かれている方は多いでしょう。
さて、江戸時代までは『仁王門』だった、筑波山神社の『随神門』。
その随神門のヒミツ!?については、昨年ブログ
消えた筑波山の「お宝」を巡って!(前編)
でご紹介したので、詳しくはそちらをご覧ください♪
さて現在、筑波山神社の随神門に祀られているのは、ヤマトタケルノミコトとトヨキイリヒコノミコトだそうです。
筑波山に縁の深い古代の武人を祀っているとのこと。
ヤマトタケルは有名人で、全国各地に伝説が残っていますよね。
筑波山付近でも、1つに例えば、つくば市の岩崎山や、今鹿島などに伝説が伝わる地があります(文献1)。
岩崎山については → ヤマトタケル伝説の岩崎山 と (旧)大形小学校 を訪ねて
一方トヨキイリヒコも、東国を治めるために派遣された古代の武人(参考 wikipedia『豊城入彦命』 )。
まあ伝説上の人か実際にいた人かは定かではありませんが、それは、古代ロマン♪
さて、今回やっと、トキイリヒコノミコトの古墳と伝えられている、石岡 八郷にある丸山古墳に行ってきました!
丸山古墳は、石岡市の八郷総合運動公園の近くにあります。
柿岡の商店街がある通りで、八坂神社の脇の道に入り、総合運動公園方面に向かいます(県道42号)。

「丸山古墳」と書かれた小さな標識を見つけ、それに従い、山の中に入っていくと・・・。
向こうから車が来たらどうしようと、ヒヤヒヤ
。

佐志能神社の鳥居が見えてきました。
そばに、説明版があります。

さらにちょっとだけ車を進めると、丸山古墳付近に車数台分の駐車スペースがあって、ホッ。
そばに『古代散策ロード』の案内板もありました。
『丸山古墳 万葉歌碑』の看板のに従って、今度は徒歩で行きます。
季節がら、ヤマツツジの花も見られました
。

丸山古墳の手前には、道の左右に明らかに、お堀か土嚢のような跡が。
実際、この地は、鎌倉時代、柿岡地方の統治を源頼朝から命ぜられた小田氏と、地元の勢力が戦った場所でもあったそうです(文献2)。

そこを超えると、ちょっと公園風に開けて金網に囲まれた古墳が。
そこにある石岡市教育委員会の看板より、
『丸山古墳は、八郷盆地の中央を流れる恋瀬川の流域に展開する広大な沖積地に南面して、柿岡の高友丘陵の景勝の地に占める全長五十五メートル、高さ七メートルの前方後方墳で、古くから祟神天皇の第一皇子豊城入彦命の奥津城として伝承され、古墳の近くに鎮座する佐志能神社とともに顕彰されてきた。・・・(中略)内行花文鏡をはじめ、銅鏃・匂玉(著者註:勾玉の間違いか)・鉄刀・刀子などの副葬品が出土した。・・・(中略)五世紀の初頭の頃に築造された県下でも代表的な古式古墳となっており、東国の古墳時代の研究に欠かせない存在である』
文献3によりますと、4世紀後半から5世紀初頭の茨城県内最古の古墳と考えられているとのこと。
形も珍しい、『前方後方墳』
このあたり一帯にある丸山古墳群は、県指定史跡の丸山古墳を盟主として、11基からなる古墳群とのこと(文献
3)。

すぐそばにある万葉集の句碑。
看板より、
『庭に立つ 麻手刈り干し(あさてかりほし) 布さらす 東女(あずまおんな)を 忘れ給ふな (万葉集巻四(五二一)』

丸山古墳の近くには、二子塚古墳と看板がある古墳もありました。
歩いてすぐなので、そこにも行ってきました。
説明版より、こちらは全長35m。前方後円墳。主軸が西北方を向いていて、丸山古墳及び筑波山に相対しているとのこと。

駐車スペースのある道に戻り、今度は(さきほど見かけた)佐志能神社へお参り。
静かな雰囲気に佇むお社です。
説明版によると、トヨキイリヒコノミコトをお祀りする社のようです。

さて、ついでに、『佐久の大杉』も見に、佐久農村センター脇の鹿島神社に行きました。
幹の上部がなくなっていますが、まだ下のほうは葉を茂らせています。
木の周りに木製の回廊デッキがあるますが、入口にロープが張られていて、『危険ため立ち入り禁止』となっていました。

鹿島神社の拝殿のすぐ後ろに大杉があるので、この杉自体がご神体として信仰されてきたのかもしれませんね。

神社にある説明版によると、室町時代の応永34年(1428年)の時点で、既に『千年近く前に植えられた木』だと言われていた そう
上の説明版 及び 文献4によると、幹のうろの修復、避雷針設置、土壌改良、木製の回廊デッキ設置(根元を踏み固められないため)などの保存作業の効果で、樹勢が回復してきたとのこと
。
良かったです
。
大杉には、これからもこの地で見守っていて欲しいなぁと切に願います
。

田植えが始まる直前、田に水が引かれ始めていました(5/2撮影)。
限りなく、青と緑の世界!
以前は八郷に来ると、あちらこちらに大きくて立派な鯉のぼりの姿が見らましたが、最近は他の土地と同じく激減
それでも、鯉のぼりが2か所位で見られました!(写真は取り損ねしまいました・・・残念)
この季節には、やはり元気な鯉のぼりですっ!!
八郷地区は本当に気持ちの良いところです
。
今度は、『古代散策ロード』、地図に従って歩いてみたいです
。
-----------------------------------------------------------------------------------
参考文献
1. 「筑波町の昔ばなし 上・下」 仲田 安夫 著 筑波書林
2. 「八郷町の昔ばなし」 仲田 安夫 著 筑波書林
3. 「茨城の考古学散歩」 茨城県考古学協会 発行
4. 『茨城の史跡と天然記念物』 山崎 睦男 高根信和 著 茨城新聞社
参考HP
・石岡市ホームページ 石岡の歴史と記憶 丸山古墳 → http://www.city.ishioka.lg.jp/page/page001398.html
・茨城県ホームページ 県指定文化財 天然記念物 → http://www.edu.pref.ibaraki.jp/board/bunkazai/ken/tennen/14-11/14-11.html
今の時期、ツツジが美しい筑波山付近。
筑波山神社にも行かれている方は多いでしょう。
さて、江戸時代までは『仁王門』だった、筑波山神社の『随神門』。

消えた筑波山の「お宝」を巡って!(前編)
でご紹介したので、詳しくはそちらをご覧ください♪
さて現在、筑波山神社の随神門に祀られているのは、ヤマトタケルノミコトとトヨキイリヒコノミコトだそうです。
筑波山に縁の深い古代の武人を祀っているとのこと。
ヤマトタケルは有名人で、全国各地に伝説が残っていますよね。
筑波山付近でも、1つに例えば、つくば市の岩崎山や、今鹿島などに伝説が伝わる地があります(文献1)。

一方トヨキイリヒコも、東国を治めるために派遣された古代の武人(参考 wikipedia『豊城入彦命』 )。
まあ伝説上の人か実際にいた人かは定かではありませんが、それは、古代ロマン♪
さて、今回やっと、トキイリヒコノミコトの古墳と伝えられている、石岡 八郷にある丸山古墳に行ってきました!
丸山古墳は、石岡市の八郷総合運動公園の近くにあります。
柿岡の商店街がある通りで、八坂神社の脇の道に入り、総合運動公園方面に向かいます(県道42号)。

「丸山古墳」と書かれた小さな標識を見つけ、それに従い、山の中に入っていくと・・・。
向こうから車が来たらどうしようと、ヒヤヒヤ


佐志能神社の鳥居が見えてきました。
そばに、説明版があります。

さらにちょっとだけ車を進めると、丸山古墳付近に車数台分の駐車スペースがあって、ホッ。
そばに『古代散策ロード』の案内板もありました。
『丸山古墳 万葉歌碑』の看板のに従って、今度は徒歩で行きます。
季節がら、ヤマツツジの花も見られました


丸山古墳の手前には、道の左右に明らかに、お堀か土嚢のような跡が。
実際、この地は、鎌倉時代、柿岡地方の統治を源頼朝から命ぜられた小田氏と、地元の勢力が戦った場所でもあったそうです(文献2)。

そこを超えると、ちょっと公園風に開けて金網に囲まれた古墳が。
そこにある石岡市教育委員会の看板より、
『丸山古墳は、八郷盆地の中央を流れる恋瀬川の流域に展開する広大な沖積地に南面して、柿岡の高友丘陵の景勝の地に占める全長五十五メートル、高さ七メートルの前方後方墳で、古くから祟神天皇の第一皇子豊城入彦命の奥津城として伝承され、古墳の近くに鎮座する佐志能神社とともに顕彰されてきた。・・・(中略)内行花文鏡をはじめ、銅鏃・匂玉(著者註:勾玉の間違いか)・鉄刀・刀子などの副葬品が出土した。・・・(中略)五世紀の初頭の頃に築造された県下でも代表的な古式古墳となっており、東国の古墳時代の研究に欠かせない存在である』
文献3によりますと、4世紀後半から5世紀初頭の茨城県内最古の古墳と考えられているとのこと。
形も珍しい、『前方後方墳』
このあたり一帯にある丸山古墳群は、県指定史跡の丸山古墳を盟主として、11基からなる古墳群とのこと(文献
3)。

すぐそばにある万葉集の句碑。
看板より、
『庭に立つ 麻手刈り干し(あさてかりほし) 布さらす 東女(あずまおんな)を 忘れ給ふな (万葉集巻四(五二一)』

丸山古墳の近くには、二子塚古墳と看板がある古墳もありました。
歩いてすぐなので、そこにも行ってきました。
説明版より、こちらは全長35m。前方後円墳。主軸が西北方を向いていて、丸山古墳及び筑波山に相対しているとのこと。

駐車スペースのある道に戻り、今度は(さきほど見かけた)佐志能神社へお参り。
静かな雰囲気に佇むお社です。
説明版によると、トヨキイリヒコノミコトをお祀りする社のようです。

さて、ついでに、『佐久の大杉』も見に、佐久農村センター脇の鹿島神社に行きました。
幹の上部がなくなっていますが、まだ下のほうは葉を茂らせています。
木の周りに木製の回廊デッキがあるますが、入口にロープが張られていて、『危険ため立ち入り禁止』となっていました。

鹿島神社の拝殿のすぐ後ろに大杉があるので、この杉自体がご神体として信仰されてきたのかもしれませんね。

神社にある説明版によると、室町時代の応永34年(1428年)の時点で、既に『千年近く前に植えられた木』だと言われていた そう

上の説明版 及び 文献4によると、幹のうろの修復、避雷針設置、土壌改良、木製の回廊デッキ設置(根元を踏み固められないため)などの保存作業の効果で、樹勢が回復してきたとのこと

良かったです

大杉には、これからもこの地で見守っていて欲しいなぁと切に願います


田植えが始まる直前、田に水が引かれ始めていました(5/2撮影)。
限りなく、青と緑の世界!
以前は八郷に来ると、あちらこちらに大きくて立派な鯉のぼりの姿が見らましたが、最近は他の土地と同じく激減

それでも、鯉のぼりが2か所位で見られました!(写真は取り損ねしまいました・・・残念)
この季節には、やはり元気な鯉のぼりですっ!!
八郷地区は本当に気持ちの良いところです

今度は、『古代散策ロード』、地図に従って歩いてみたいです

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参考文献
1. 「筑波町の昔ばなし 上・下」 仲田 安夫 著 筑波書林
2. 「八郷町の昔ばなし」 仲田 安夫 著 筑波書林
3. 「茨城の考古学散歩」 茨城県考古学協会 発行
4. 『茨城の史跡と天然記念物』 山崎 睦男 高根信和 著 茨城新聞社
参考HP
・石岡市ホームページ 石岡の歴史と記憶 丸山古墳 → http://www.city.ishioka.lg.jp/page/page001398.html
・茨城県ホームページ 県指定文化財 天然記念物 → http://www.edu.pref.ibaraki.jp/board/bunkazai/ken/tennen/14-11/14-11.html
養蚕信仰 ~ 群馬県にお住まいの方からご教示頂きました!
結城での研修と、結城土産
続・源氏物語に出てくる 『筑波山』
『光る君へ』 と常陸国 ~伊勢大輔と平維幹と平為賢~
筑波山塊の花崗岩が 世界の 『ヘリテージ ストーン』 に!
2024夏越しの祓え 茅の輪 @筑波山神社
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Posted by かるだ もん at 17:32│Comments(4)│茨城&つくば プチ民俗学・歴史
この記事へのコメント
マイナスイオンがたくさん出ていそうな場所ですね~♪
笠間に行く途中に通りかかることはあっても、なかなか目指していく機会がなく…
やさと温泉もありますし、近々行ってみたいなと思いました!!
笠間に行く途中に通りかかることはあっても、なかなか目指していく機会がなく…
やさと温泉もありますし、近々行ってみたいなと思いました!!
Posted by つくばちゃんねる at 2015年05月06日 09:44
つくばちゃんねるさま
いつもありがとうございます。
八郷は、実は関東どころか日本でも有数の茅葺屋根の住宅が残る土地でもありますし、他にも 西光院(→『筑波山を中心とした「太陽の道」を探る(6)http://cardamom.tsukuba.ch/e234369.html )があったり、茨城県フラワーパークも見ごたえありますし、季節限定の しし鍋も美味しいですし、私は大好きな場所です。
ぜひ、ゆったりと楽しまれることをお勧めします♪
いつもありがとうございます。
八郷は、実は関東どころか日本でも有数の茅葺屋根の住宅が残る土地でもありますし、他にも 西光院(→『筑波山を中心とした「太陽の道」を探る(6)http://cardamom.tsukuba.ch/e234369.html )があったり、茨城県フラワーパークも見ごたえありますし、季節限定の しし鍋も美味しいですし、私は大好きな場所です。
ぜひ、ゆったりと楽しまれることをお勧めします♪
Posted by かるだもん
at 2015年05月06日 20:07

石岡市には丸山古墳もあるんですね!!
古墳について番組で調べましたが、茨城県には偉い方がたくさん住んでいたんだなと感動しましたー。
正直、歴史にはかなり疎いのですが、わかっていくうちに面白くなってきました♪
古墳について番組で調べましたが、茨城県には偉い方がたくさん住んでいたんだなと感動しましたー。
正直、歴史にはかなり疎いのですが、わかっていくうちに面白くなってきました♪
Posted by カンナユリ at 2015年07月10日 14:31
カンナユリさま
コメントありがとうございます!
私も正直、歴史は疎くて、人の名前と年号とその年に起きたことが覚えられないのですが(^^;)、昔話とか伝説とか調べているうちに、点が線になって、線が他の線ともつながって「ああ!なるほど」ということが出てきて、楽しくなってきています♪
コメントありがとうございます!
私も正直、歴史は疎くて、人の名前と年号とその年に起きたことが覚えられないのですが(^^;)、昔話とか伝説とか調べているうちに、点が線になって、線が他の線ともつながって「ああ!なるほど」ということが出てきて、楽しくなってきています♪
Posted by かるだもん
at 2015年07月10日 19:47

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