シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (6) 酒香川


江戸中期の”ガイドブック” 『筑波山名跡誌』(上生菴亮盛 著)(文献1)に書かれた名所・旧跡を訪ね、興味のおもむくまま♪ 関連する話題も調べるシリーズです。
(筑波山名跡誌に記載されている順ではありませんので、その点、ご了承ください)

今までのお話
豆電球シリーズ『筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて』 (1)常陸帯宮(前編)
豆電球シリーズ『筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて』 (1) 常陸帯宮(後編)
豆電球 シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (2) 男女川(水源)
豆電球シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (3)夫女之原、夫女石
豆電球シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (4)亀之岳
豆電球シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」(5)観流庵(前編)
豆電球シリーズ「筑波山名跡誌に書かれた場所を訪ねて」 (5)観流庵(後編)


第6回は、『酒香川』 です。



【逆川、酒香川、酒匂川、鴨居川】

筑波山名跡誌(文献1)に出てくる『酒香川』。
読みは『さかがわ』。


現在の川の名『逆川(さかさがわ)』は、筑波山名跡誌では『誤りなり』とされています汗

また他にも、『酒匂川』 『鴨居川』(筑波山麓フットパスマップ より)とも呼ばれるそうですが、
ここでは、筑波山名跡誌にならい酒香川』と表記します。
(写真は2018年1月撮影)




逆川(= 酒香川)は桜川の支流。
筑波山の南麓、つくば市の神郡地区・臼井地区を東西に流れ、桜川に合流する川です。

春になると川べりの色とりどりの花桃がきれいですハート
(写真は2017年4月撮影)






筑波山名跡誌では、『キラキラ酒が香る川』の理由として、面白い伝説を記載しています。

以下、文献1から引用しますと、
筑波権現の末社に神酒造(みきつくり)の神あり。祭神は保食(みけもち)神の御子 豊宇気比女神(とようけひめのかみ)也。此社の辺(ほとり)常に酒匂(さけにおひ)あり。是岩洞(このいわや)より涌出る故に酒匂川と名付り也。

『筑波権現の末社』ということで、筑波山中のどこかに、神酒造りの神様を祀るお社があるようなのです!

で、そのお社の近くはいつもお酒に匂いハートがしていて、お社のある岩洞からの流れ出る水が『酒香川』になっているとか?!グッド



【“酒香る”岩洞は、筑波山中のどこに?】

しかし、筑波山名跡誌では、この神酒造りのお社/岩洞窟 がどこかは書かれていません。

そこで、古来からの筑波山禅定のコースにあるのでは?と思い、宮本宣一著『筑波歴史散歩』(文献2)を調べると、

第四十番 おサカ倉イワヤ
とあり、
酒樽が並んでいるような格好をしたイワヤ』で、『祭神はウケモチノカミ(保食神)の子 トヨウケヒメノ神(豊宇気比女神)である。このイワヤより流れる川をサカカ(酒香)川という。麓に流れるとサカサ(逆)川といわれる
とあるではありませんか!

この『おサカ倉イワヤ』が、筑波山名跡誌にある『筑波権現の末社』の『神酒造りの神』=『豊宇気比女神』のお社のある場所に間違いないでしょう笑

しかしこの『おサカ倉イワヤ』の場所は、同書でもはっきりは分からない。

そこで、筑波町史史料集(文献3)にある、『筑波山遺跡図』を見てみると…。
『55 御酒倉
とあり、その場所も地図上に記載されていました!ちょき

御酒倉』は、女体山の側で、屏風岩の下の方
つくば側から見て、弁慶七戻りなどの奇岩群の向こう側、石岡側へやや下った辺りの山中に『55 御酒倉』と記されています。

つまり、『酒香川』が流れる筑波山の南側山麓(つくば市側)からみると、
筑波山女体山頂から続く稜線の向こう側 = 石岡市側(北側)
に『御酒倉』がある
のです・・・。


【酒香川の源流は…】

これでは御酒倉/おサカ倉(石岡市)から湧き出た水は、地理的・物理的に決して稜線は越えられず、筑波山女体山南麓のつくば市側へは流れないで、そのまま女体山北麓の石岡市側に流れるのが自然です(多分、恋瀬川の支流になるかと)。

つくば市の神郡地区を流れる逆川(酒香川)は、地図・地形図をみても、女体山の稜線の南側(つくば市側)が沢の始まりです。

山にトンネルでもない限り、稜線を越えて石岡側からつくば市側への水の流れは、あり得ない汗

『おサカ倉/御酒倉のイワヤ』は山深い場所にあり、でごく一部の修行僧だけに知られた修行場所だったことでしょう。。

なので、『御酒倉』の形の噂と伝説をベースに、
酒香川の水源となる沢の方角から、『御酒倉』に端を発する水だろう…
という 憶測と願望 から、

『酒の香り』がする(気がする♪) → 『酒香川(さかがわ)』ハート

になったのかもしれませんね(*^^*)。


写真は、酒香川=逆川の上流、六所の滝付近。
この更に上流に、白滝があります。
(2015年8月撮影)

個人的には『さかがわ』の字は、現在の『逆川』でなくて、『酒香川』の方がロマンがあって好きですが。
※なお、文献2では、『酒香川』が『逆川』と書かれうようになったいわれも書かれています。これは後述の【おまけ1】にて。




【石岡地区の酒伝説】

『御酒倉』のイワヤ(岩洞)は、筑波山女体山の石岡市側にあることがわかりました。
石岡には『養老滝』伝説に似た、『親は諸白 子は清水』伝説が同市村上地区伝わっています。
孝行息子が美酒が湧いている場所を見つける伝説です、
 豆電球詳細は(以前書いた記事) → 大人の♪いばらき おとぎ話1-(1) 茨城の酒にまつわる昔話―茨城の地酒をより楽しむために―

『御酒倉から流れる水』の噂が、石岡の『子は清水』伝説に繋がっていると楽しいのですが・・・。

筑波山(女体山)付近からの水の流れは、地形的には恋瀬川へと続いていくと考えられます。

伝説が伝わる村上地区は、恋瀬川からやや離れている龍神山のすぐ麓。
村上地区に直接流れるのは(古くから雨乞い信仰のある)龍神山からの水の流れでしょう。

その龍神山からの流れも最後は恋瀬川に合流すると考えられますが、『子は清水』伝説は、『御酒倉』伝説とは多分別系統だろうと思います。う~ん、ちょっと残念~泣


【筑波山麓は酒どころ】

いずれにせよ、筑波山麓のまわりには造り酒屋が多く、古くから酒どころです。
『筑波山水系』は、酒どころ茨城の一端を担う、一大水系。
 豆電球参考→ 茨城県酒造組合ホームページ

筑波山の中にあるという、酒樽の形をした岩に思いをはせながら、山麓の地酒を楽しみましょう♪ハート


【おまけ1】

『さかがわ』が、麓では『逆(さかさ)川』と書かれるようになった理由の伝説
文献2によると、

あらすじ:
田植えをしている農家の人のところに、河童が水泳の競争を挑んできた。
『人間が負けたら、人間の”精”をくれ。河童が負けたら、この川の水を逆流させてみせる』
ということで、競泳を始めた。
河童は水中で人間のフンドシを取って精を取ろうとしたがフンドシは取れず、競争に負けてしまった。
河童は田植えなど手伝ってしばらく経った後、神通力を見せて、川の流れを逆流させた。
・・・だから、この川は『逆川(さかさがわ)』という

 
逆川は桜川に合流し、その桜川は土浦の佐野子を通り、最後に霞ヶ浦に注ぎます。

文献2の著者の宮本宣一氏も触れていますが、
佐野子には、有名な河童伝説と、河童の手のミイラが伝わっていますグッド

豆電球佐野子の河童(かっぱ祭りと河童の手のミイラ)については、以前詳しく書きましたので、良かったらちょき
  → 佐野子のかっぱまつり
  → 茨城県南西の七不思議(仮)その1



【おまけ2】

『おサカ倉イワヤ』/『御酒倉』の近くには、もう一つ、お酒にちなんだ名前の岩洞・遺跡名があります(文献2、3)。

●『おコウジ倉イワヤ』/『お麹の窟』: 文献2によると『酒の麹を作る格好をしたイワヤ』とのこと

もしかすると大昔、ここで本当にお神酒が作られていたのかもしれませんねハート…伝説ロマン♪


このシリーズ、ぼちぼちと続きます♪


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【参考文献】

1.『筑波山名跡誌 ―安永期の貴重な地誌再現―』 上生庵亮盛 著 桐原光明 解説  筑波書林

2.筑波歴史散歩  宮本宣一著 日経事業出版センター

3.筑波町史 史料集第7篇 筑波町史編纂委員会

4.『筑波山麓フットパス 神郡~六所~筑波』マップ つくば市 発行












  

絵解きに挑戦!筑波山神社境内社の装飾彫刻2 ~春日神社日枝神社両社拝殿


筑波山神社の境内社(厳島神社・日枝神社本殿・春日神社本殿・日枝春日両社拝殿)の装飾彫刻の意味の読み解きにトライするシリーズ。

今までの記事

第1回: 厳島神社(前編・後編)
 豆電球絵解きに挑戦! 筑波山神社 境内社装飾彫刻1~厳島神社(前編)

 豆電球絵解きに挑戦!筑波山神社 境内社装飾彫刻1~厳島神社(後編)


2回目の今回は、春日神社日枝神社両社拝殿の装飾彫刻です。



(2) 春日神社日枝神社両社拝殿


筑波山神社拝殿に向かって右手、東に位置する場所に、春日神社・日枝神社が並んであります。
その手前に春日神社日枝神社両社拝殿があります。
 (ちなみに、筑波山神社と両社拝殿の間に、マルバクスの木があります)

こちらの拝殿で、春日神社も日枝神社も一緒に参拝出来るシステム(?)なわけですグッド

『常陸七福神』の恵比寿像が筑波山神社に祀られているため、赤地に白抜きの字で『奉納 えびす神』と書かれたのぼり旗が奉納されている時もありますね。

たくさんの赤いのぼり旗に加え、恵比寿さんのご朱印の案内も置かれているので、常陸七福神の恵比寿像はてっきりこちらの拝殿にいつも安置されていると思っていたのですが、筑波山神社拝殿に安置されていたり、こちらに安置されていたり、状況に応じているよう…?

で、本来は、その後ろに並ぶ春日神社と日枝神社の両社の拝殿です。
中央の間に御幣が置かれ、左右には部屋があるようなので、それぞれの部屋でそれぞれの神社の神事を行っているのではないかと想像します。

さて、春日・日枝両社拝殿も、寛永十年(1633年)、三代将軍 徳川家光が寄進したもので、茨城県指定文化財です。
全体的にシンプルなデザインですが、一か所だけ、建物の正面上部の蟇股(かえるまた)に、装飾彫刻がありますちょき


★母屋の前面の蟇股: おしどりの雄 と 水葵


下から見上げると、鰐口(わにぐち)の陰になって見えにくいのですが、水鳥らしい鳥 と 植物の彫刻。

水鳥は、特徴的な銀杏の葉のような形の飾り羽から、おしどりの雄かと思われます。
ちなみにこの飾り羽は、『思い羽(おもいば)』と呼ぶそうです。

一般に水鳥の装飾は、火を防ぐおまじないの意味があるようです。
おしどりも水鳥。
なので、こちらの両社拝殿に加え、春日神社本殿及び日枝神社本殿の火伏せ(防火)を祈願しているのかもしれません豆電球

また水鳥の彫刻は水辺の植物がセットになっていることが多いようで、こちらの彫刻の植物は、葉の形から水葵(みずあおい)のようです。白い花と共に黄緑色のハート型の葉と、水面の波が彫られています。

寄進者が三代将軍徳川家光なのを考えると、徳川家の葵の御紋の『葵』に葉の形が似た『水葵』を使ったのかな?とも思えますが、真相はいかに?

さて、寺社の装飾彫刻では、おしどりはつがいで二羽一緒に彫られていることが多いようですが、こちらは雄一羽ですね。

『おしどり』は漢字で書くと『鴛鴦』(エンオウ)ですが、『鴛』(エン)は雄のおしどり、『鴦』(オウ)は雌のおしどりを指すそうです。どちらも訓読みは『おしどり』または『おし』。
するとこちらの彫刻は、雄のみなので『鴛』の彫刻ですね。


なぜ、おしどりの雄だけの彫刻なのか?

しかし、つがいで表されてこそ意味がある、『おしどり』の図像。
その『おしどり』を選んだのなら、雄雌つがいで彫られても良さそうなものですが、雄だけなのは何故なのでしょう?


先にも書きましたが、この両社拝殿の装飾彫刻は前面の蟇股だけで、他には彫刻は見当たりません。
なので、左にある写真のとおり、背面に雌のおしどりの彫刻はありません。

蟇股は小さいのでスペース的に一羽しか彫れないなら、防火祈願としては、鴨や雁など、つがいでなくても構わない別の水鳥でも良さそうですが。

もしかすると、この蟇股の後ろ、建物の中に、雌のおしどり(鴦)が彫られてたりするのでしょうか??・・・こればかりは一般人には確認できません泣


男体山・女体山からなる双峰山で、夫婦神として信仰されてきた筑波山。
なのでここはやはり、おしどり夫婦の意味もある、『鴛鴦のつがい』の彫刻が欲しいなぁ~と思ってしまうのですが、これは現代の一般ピープル汗の発想なのかもしれません。

こちらの建物が建立された当時、この敷地は知足院中禅寺というお寺でした。

大きな寺院だったので、たくさんの僧侶がいたと思われますが、多分皆さん、独身だったはず
独身を貫き、仏の道を全うする僧侶の修行の場!
そこであえて、おしどりの雄だけを彫刻したグッド??
・・・と考えるのは、うがちすぎでしょうか?(^m^)



写真の右に、脇障子が写っています。
このように建物左右に脇障子はありますが、建物側面と同じような黒い格子の壁だけで、装飾彫刻はありません。

豆電球なお、写真中央の地面にある、中央に窪のがる平たい石3つは、江戸時代の中禅寺の建物の礎石の跡だと思われます。
同じような礎石は十年程前までは、筑波山拝殿の前(手すりの近く)にもあったのを記憶しています(その後、撤去した模様)。



このシリーズ、ぼちぼち続きますちょき


【おまけ】

こちらの両社拝殿では、お賽銭箱と階段の下の門に注目。
あんぱんで有名な、『木村屋總本店』の銘入りキラキラ

豆電球それについては、以前書いた記事もご参照下さい♪
 → 筑波山神社 夏越大祓の茅の輪2007 & あの『あんぱん』



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【参考文献】

1. 『図説 社寺建築の彫刻 東照宮に彫られた動植物』  高藤晴俊 著 東京美術

2. 『日光東照宮の謎』 高藤晴俊 著 講談社現代新書

3. 『寺社の装飾彫刻ガイド 百龍めぐり 関東編』 若林 純 著 日貿出版社

4. 『寺社の装飾彫刻 宮彫り―壮麗なる超絶技巧を訪ねて』  若林 純 撮影 構成 日貿出版社

5. 『寺社の装飾彫刻 関東編(下) 千葉・栃木・茨城・神奈川』   若林 純 撮影 構成 日貿出版社






  

絵解きに挑戦!筑波山神社 境内社装飾彫刻1~厳島神社(後編)


神社仏閣の建物を飾る装飾彫刻。
おめでたい意味を持つ吉祥文様や、大陸から伝わってきた古代中国の伝説、神仙、仏教説話題材を多く見かけます。

彫られる動物、植物、人物にはやはり意味があって選ばれているでしょうし、ストーリー仕立てになっているものもあったりで、それらを絵解きしてみるととても面白いのですキラキラ

筑波山神社の境内社(厳島神社・日枝神社本殿・春日神社本殿・日枝春日両社拝殿)の装飾彫刻の意味の読み解きにトライするシリーズ。

今回は、第1回 厳島神社の後編です。

 豆電球前編は→ 絵解きに挑戦! 筑波山神社 境内社装飾彫刻1~厳島神社(前編)

筑波山神社境内にある厳島神社は、江戸時代は『弁天堂』だったことを念頭に、お読みください。

後編は、社殿の左右にある『脇障子』の彫刻と、向拝の『木鼻』の彫刻についてです。


⑥ 母屋(もや)に向かって右の脇障子 :唐松の木と、男性像(後ろ姿)

『脇障子』とは、回廊の行き止まりにある板状の壁で、こちらにも装飾彫刻が多く見られます。
こちら厳島神社にも脇障子があり、人物と木の彫刻が彫られています。




向かって右の脇障子には、木と男性像。
この木は、緑色の『花』のようなものから、松の葉の集まりを丸くデザインして描かれる『唐松』かと思われます。

※ちなみに、これとは別に『大和松』と呼ばれる葉のデザインもあり、これは屏風など日本伝統絵画に描かれる松の木の葉のように、上に向かって扇のように広がるデザインで表わされるとのこと(文献1、2)。

男性は緑の岩のような場所に立っています。

また松の幹やこの『岩』のようなものには、どちらにも白く丸い模様がいくつも描かれており、これはいわゆる木の幹や岩に生える藻か苔か(特に地衣類っぽい?)を表わしているのではないかと思います。

男性像は、横向きで、自分の左手(本殿)の方を見ています。
手元にあるのはでしょうか。

仮にこちらの男性像を、男性像A とします。





⑦ 母屋(もや)に向かって左の脇障子 :梅の花木と、男性像と酒器らしいもの



この木は、赤い花と枝ぶりからも想像して、の木でしょう(文献1)。
 
酒器らしい細い首の壺と杯が傍らにあり、お酒を飲みながら梅の花を愛でているのでしょうか笑
 
立っている場所はAと同じように緑の岩のような場所。
梅の幹と『岩』のような場所には、⑥と同じく藻か苔か地衣類を表わすような模様があります。

しかしこちらの場合、よく見ると三か所ほど、同じ緑色ですが、植物の葉と花らしいものも彫られています。
文献1にある『笹』 の図像によく似ているので、を表わしているのではないかと思われます。


こちらの男性像は正面を向いていますが、視線は自分の左下(本殿の床)の方へ。
こちらの男性像を 男性像B とします。



⑥⑦のA、Bの男性像が意味するところは、浅学にして現時点では分かりませんが、硯や酒器があるので、
いわゆる昔の中国の文人墨客を表しているのでしょうか。


【脇障子の彫刻の図像の謎解きに挑戦!】

個人的に気になったのが、

男性像Aは横向きで、自分の左を見ている

本殿 もしくは、(向こう側にある)男性像Bを見ている?

男性像Bは正面向きだが、顔は自分のやや右下(本殿の床)を見ている

どこを見ているのか?


このなぞ解きはいかに?(または特に意味はないのか(笑))

・・・ここからは、想像力を超~たくましくして、考えてみました。


古来、文人墨客が好んだのは
詩、酒、琴』の『北窓三友』

そして、文人画で好まれる題材に
松、竹、梅』の『歳寒三友』。

こちらの厳島神社(弁天堂)の左右の脇障子に彫られているのは、どちらも文人らしい男性像とともに、
』 と 『 (→ 詩を書く)』、
』 と 『酒器 (→ お酒を飲む)』。

・・・こうくると、残りの『と『』も欲しくなりませんか?
  
男性像A with 松&硯(ぐるっと回って反対の位置にある)男性像Bを見て

男性像B with 梅&酒器視線をやや右、つまり本堂の方を見ている

本堂に祀られているのは、建立当時は弁才天

弁才天は楽曲の神様でもあり、(琴ではありませんが)琵琶を弾く姿は有名(琴も琵琶も弦楽器という意味では似ている)。

では、はどこに?

ここで、こちらの社の傍らの説明版の謂れ書きを思い出すと・・・。

創建当時、祀られた弁才天が分霊されてきたのは、琵琶湖の中に浮かぶ『竹生島
 
なんと、 琵琶(←→ 琴)』 と 『』 を表わすもの、それは 本堂に祀られている弁才天そのもの

なんて洒落っ気のあるデザイン!ハート
私はそんな風に謎解きしました♪グッド 

本当の意味を専門家に教えて頂くのが一番なのですが、
素人の謎解きの答えとしては、結構いいセン行ってるのではないかと悦に入ってます(^^)vちょき

※なお、向かって左の脇障子の『笹』らしい図像ですが、『笹』と『竹』は植物としては近い仲間ですが、図像としては意味が異なるようなので、『笹』の彫刻は『竹』を表すものではないと考えます。


⑧ 水引虹梁の木鼻: 『龍』か?『息』か? はたまた『猪』か??


社屋の正面のひさしがある部分『向拝)の屋根を支える左右の柱を、『向拝柱(こうはいはしら)』と呼び、
その左右の向拝柱の正面の上部を横に繋いでいる梁を、『水引虹梁(みずひきこうりょう)』と呼ぶそうです。

向拝柱を貫いて飛び出た水引虹梁の先を『木鼻』と呼び、ここにもよく装飾彫刻が見られます。






厳島神社の木鼻の彫刻は、龍の横顔のように見えますが、一般的に描かれる龍の長い2本のヒゲが、これにはない
そして、口の先端は、豚か猪のように上にめくれている

文献1、2によると、これは『龍』ではなく、『龍』に大変よく似た想像上の動物の、『』のようですが、同書にはまた『息』は巻き毛で、『龍』は直毛とも。

こちらの木鼻の彫刻には、顔の周りに『直毛』状の毛らしい模様が描かれてます。

う~ん、『息』というより『龍』でしょうか?
または、まさかの猪? ← 弁才天の神使である蛇(巳)の裏干支の猪(亥)。 詳細は 前編 ご参照下さいちょき

多分、一般的である『龍』なのかもしれませんね。

さて、この木鼻の『龍』(もしくは『息』?『猪』?)は、向かって右のものは口を開けていて『阿』型





左のものは口を閉じていて『吽』型です。


筑波山神社の境内社の厳島神社は小さなお社(お堂)ですが、装飾彫刻は華やかで、見どころが多いですちょき





このシリーズ、ぼちぼちと続きます笑
 → 絵解きに挑戦!筑波山神社境内社の装飾彫刻2 ~春日神社日枝神社両社拝殿




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【参考文献】

1. 『図説 社寺建築の彫刻 東照宮に彫られた動植物』  高藤晴俊 著 東京美術

2. 『日光東照宮の謎』 高藤晴俊 著 講談社現代新書

3. 『寺社の装飾彫刻ガイド 百龍めぐり 関東編』 若林 純 著 日貿出版社

4. 『寺社の装飾彫刻 宮彫り―壮麗なる超絶技巧を訪ねて』  若林 純 撮影 構成 日貿出版社

5. 『寺社の装飾彫刻 関東編(下) 千葉・栃木・茨城・神奈川』   若林 純 撮影 構成 日貿出版社







  

プロフィール
かるだ もん
かるだ もん
徒然なるままに、興味のあることを気ままに書いています。好きなことばは「中途半端も、たくさん集まればいっぱい!」(ドラマのセリフ)

地元つくばや茨城の話題を中心に、茨城の食材を使った家庭料理、民俗学もどき、国際交流、旅の話題など、趣味の記事を掲載中。

特に自分の勉強も兼ねて、
★民話・伝説紹介と、それにちなむ土地めぐり
★茨城を中心に、全国の郷土料理と食材(世界の料理も含む)の話題
の話題が多いです。

・ヒッポファミリークラブ(多言語自然習得活動と国際交流)
・観光ボランティア
・郷土食研究会うまかっぺ!茨城



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