2015年05月17日
大人の♪いばらき おとぎ話1-(1)茨城の酒にまつわる昔話
大人の♪いばらき おとぎ話1-(1) 茨城の酒にまつわる昔話―茨城の地酒をより楽しむために―
※2015年5月1日(金)21:30-45放送の、FM84.2MHzラヂオつくば『つくばね自由研究クラブ』でお話した内容を再構築したものです。
意外に知られていないのですが、茨城は『関東の灘』とも称され、関東では一番酒蔵が多い県だそうです!
美味しいお米も、美味しいお水もある茨城なので、古来から酒造りがされている、関東どころか、日本有数の酒どころでもあります。
さて、お酒を仕込むには必須の水ですが、茨城県酒造組合のHP(http://www.ibaraki-sake.or.jp/)によると、茨城県内の水系は5つに分けられるとのことで、
北から
1. 久慈川水系
2. 那珂川水系
3. 筑波山水系
4. 鬼怒川水系
5. 利根川水系
・・・この5つに大きく分類されるとのことです。
これら5つの水系のお酒にまつわる昔話を…と文献等で調べているのですが、今回は筑波山水系から鬼怒川水系のあたりに伝わるお酒の昔話・伝説で、特に『酒飲みには羨ましいお話3つ』をご紹介します。
1.石岡 村上地区に伝わる 『親は諸白、子は清水』
【あらすじ】
昔,村上の村に、与一という若者とその父親が住んでいました。病気がちの父親を支えるために、与一は、薪を売って生計を立てていました。ある日、薪が売れず,父親の唯一の楽しみである酒も買えないと,途方に暮れながら歩いていると,木立の間からふっとお酒の匂いがしてきました。近づいてみるとコンコンと水が湧いていました。
与一はそれを汲んで帰り,父親に飲ますと諸白(=上質の酒)でした。しかし与一が飲んでもただの水でした。 その後も与一はその水を汲んで、父親に飲ませていると、父親は病気が回復し、元気になっていったそうです。・・・ということで親が飲むと良いお酒で、子供にとっては水なので、『親は諸白、子は清水』と呼ばれるようになったとのことです。
これは、全国にある『養老の滝』伝説の一種ですが、話が伝わる村上地区(常陸風土記の丘の近く)は、龍神山のふもと。
今は採石場として山が二分され、見る影もなくなっている龍神山ですが、雨を降らす神様を祀っていた山。 → 水が豊富に湧いていたと考えられる。
話が伝わる村上地区には、佐志能(さしの)神社という古いお社があります。その一の鳥居近くには「御神水」の石碑があって、未だに少量ではあるものの清水が湧き出しているとのこと。
さて、 『子は清水』→『こはしみず』→『こわしみず』→『強清水』
『強清水』という地名は、水がたくさん湧く土地に付けられると聞いたことがあります。
例えば、つくば市内だと金田(こんだ)の『強清水地区』。中世の小田氏の城、金田城跡の下の辺りです。
今も、実際水が湧いていて、つくばの名水にもなっていて今も水が汲めます。
ちなみに金田城は別名、強清水城とも呼ばれていたそうです。
さて、酒どころ石岡の酒造所は4つあり(順不同)
・府中誉 <府中誉(株)>
・白菊 <白菊酒造>
・筑波・壽山(じゅざん) <石岡酒造>
・富士泉(ふじいずみ)・清韻(せいいん) <藤田酒造店>
このうち、4つめの藤田酒造店は、石岡市観光協会HP)によると、寛正3年(1462年)の創業とのことで、なんと約550年の歴史があるとのこと。
ちなみに、酒造メーカーで創業が一番古いのは、
1、創業 平安時代(1141年) 須藤本家 茨城県友部町 (「いばらきの銘酒地図」 西海一人著 筑波書林)
2、創業 室町時代(1462年) 藤田酒造店 茨城県石岡市 (上述)
3、創業 室町時代(1487年) 飛良泉本舗 秋田県にかほ市 (秋田県酒造協同組合HPより)
※以上の順位は、一昨年長野県大町市にある『酒の博物館』に行った時、館内の展示でもこう書かれているのを見ました(^^)v
創業が古い、1位、2位が茨城の酒造所なのです!\(^o^)/
最古の須藤本家は平安時代後期(保元の乱の前)、二番目に古い藤田酒造店は室町時代(応仁の乱の前)
どやぁ! ( ̄∀+ ̄)v
2.牛久 下根地区に伝わる 『酒島(さけしま)の霊泉』
下根地区の五十瀬(いそせ)神社にまつわる話。
境内には「酒島村霊泉之碑」があり、酒がわき出たという言い伝えがあります。
【あらすじ】 いくつかバージョンがあるようです。
その昔、大雨が降って洪水が起きた小野川から、おみこしが流れてきました。それを村一番の働き者の八兵衛が見つけて川から拾い上げ、田んぼの真ん中の島にお祀りしました。信心深い八兵衛さんは、欠かさずお参りをし、沸いている泉の水を汲んで、病気がちだったおじいさんに飲ませたところ病気が回復しました。霊験ある神社の泉としてうわさが村中に広まり、村人たちが祈願にあつまると、良いお酒の匂いがしてきて、泉の水を飲むと、なんとそれは美味しいお酒でした。村人たちは喜び、参拝者も集まって、村は賑わったそうです。そして、酒が湧く泉がある島ということで、村は『酒島村』と呼ばれるようになり、泉はいつしか「酒島の霊泉」と呼ばれ
ようになったそうです。
牛久市立下根中学校と小野川の間に五十瀬神社があり、もう枯れてしまっていますが、古井戸があるとのこと。
また、JR常磐線 ひたち野うしく駅に 物語の4つの場面をあらわしたモニュメントと説明版あります♪
その一つに酒を酌みかわす村人達の像と、小さなお神輿の像があり、西口に村人達の像、東口に主人公 八兵衛の像があります。
ひたち野うしく駅の近くにお住まいの方、一緒に酒盛りなど、いかがでしょう(≧▽≦)
五十瀬神社と、ひたち野うしく駅は行ってみたレポート
→ 大人の♪いばらき おとぎ話1-(2) 『酒島の霊泉』を訪ねて
残念ながら牛久では、日本酒の地酒を造る酒造所はありませんが、日本初の本格的ワイン醸造場にして、日本のワイン発祥の地のひとつ、牛久シャトー・シャトー神谷(国指定重要文化財)ありますよね♪
牛久ブルワリーは、地ビール(牛久シャトービール)も製造してます。
3.下妻 高道祖(たかさい)地区に伝わる 『弥六が清水』
下妻も、『ビアスパークしもつま』には地ビールを作る『しもつまブルワリー』があります。
また、個人商店で地酒を醸造している所(徳田酒店『嶺湖(れいこ)』、下妻産の米で筑波山系の水を使っているとのこと)もあり、隠れた酒どころではないかなと思います。
その下妻は高道祖地区に伝わるお話です。
【あらすじ】
昔、高道祖の村に、弥六(やろく)という働き者の奉公人がいました。毎日、木の枝や柴を刈りに山に入っていました。が、ある時から、真っ赤な顔をして酔って帰ってくるようになりました。
不審に思った主人が、ある日、山に入る弥六の後をこっそりつけて行きました。弥六は、草や木をかき分けて水が湧く泉に近づくと、その水を飲み始め、みるみる赤い顔で酔って行きました。驚いた主人が近づいて『どうしたんだ?』と弥六に尋ねると、弥六は『これは自分にとっては酒なんです』と答えます。でも主人が飲むと、ただの水でしかありません。
そんな日が何日も続き、とうとう腹を立てた主人は、その泉におしっこをしてしまいました。
すると、その後は弥六が飲んでも誰が飲んでも、ただの水しか湧かなくなってしまったそうです。
その淵は今でもあって、『弥六が清水』と呼ばれているそうです。
う~ん、よりによって・・・(^m^)
まあ、現実に戻っちゃったということでしょうか。
・・・ということで、今回は、茨城の地酒を支える5つの水系のうち、まずは筑波山系と鬼怒川水系から、お酒にまつわるおとぎ話3つををご紹介しました。
上述の3つのお話のうち、2つ目の『酒島の霊泉』が伝わる、牛久市下根地区を訪ねてみました。
そのレポートは次回(^^) → 大人の♪いばらき おとぎ話1-(2) 『酒島の霊泉』を訪ねて
******************************
参考文献
・「いばらきの銘酒地図」 西海一人著 筑波書林
・「茨城の史跡と伝説」 茨城新聞社編 暁印書館
・「常陸の伝説」 藤田稔著 第一法規出版
・「いばらき民話のふるさと」 読売新聞社水戸支局編 鶴屋書店
・「茨城県の民話と伝説 上」藤田稔著 有峰書店
・「石岡市の昔ばなし」 仲田安夫著 崙書房
・「牛久市史 民俗」 牛久市史編さん委員会
・「牛久市民俗調査報告書Ⅲ-下根・柏田・東狸穴の民俗-小野川沿い集落の生活-」 牛久市史
編さん委員会
・「牛久むかしばなし5 酒島の霊泉」 牛久のむかしばなし刊行物編集委員会 牛久市立中央図書館
・下妻市史・別編・民俗
・「定本 茨城の民話」(第1集・第2集) 日向野徳久編 未来社
参考HP
・茨城県酒造組合 http://www.ibaraki-sake.or.jp/
・石岡市HP http://www.city.ishioka.lg.jp/
・石岡市観光協会HP http://www.ishioka-kankou.com/
・秋田県酒造協同組合 http://www.osake.or.jp/
※2015年5月1日(金)21:30-45放送の、FM84.2MHzラヂオつくば『つくばね自由研究クラブ』でお話した内容を再構築したものです。
意外に知られていないのですが、茨城は『関東の灘』とも称され、関東では一番酒蔵が多い県だそうです!
美味しいお米も、美味しいお水もある茨城なので、古来から酒造りがされている、関東どころか、日本有数の酒どころでもあります。
さて、お酒を仕込むには必須の水ですが、茨城県酒造組合のHP(http://www.ibaraki-sake.or.jp/)によると、茨城県内の水系は5つに分けられるとのことで、
北から
1. 久慈川水系
2. 那珂川水系
3. 筑波山水系
4. 鬼怒川水系
5. 利根川水系
・・・この5つに大きく分類されるとのことです。
これら5つの水系のお酒にまつわる昔話を…と文献等で調べているのですが、今回は筑波山水系から鬼怒川水系のあたりに伝わるお酒の昔話・伝説で、特に『酒飲みには羨ましいお話3つ』をご紹介します。
1.石岡 村上地区に伝わる 『親は諸白、子は清水』
【あらすじ】
昔,村上の村に、与一という若者とその父親が住んでいました。病気がちの父親を支えるために、与一は、薪を売って生計を立てていました。ある日、薪が売れず,父親の唯一の楽しみである酒も買えないと,途方に暮れながら歩いていると,木立の間からふっとお酒の匂いがしてきました。近づいてみるとコンコンと水が湧いていました。
与一はそれを汲んで帰り,父親に飲ますと諸白(=上質の酒)でした。しかし与一が飲んでもただの水でした。 その後も与一はその水を汲んで、父親に飲ませていると、父親は病気が回復し、元気になっていったそうです。・・・ということで親が飲むと良いお酒で、子供にとっては水なので、『親は諸白、子は清水』と呼ばれるようになったとのことです。
これは、全国にある『養老の滝』伝説の一種ですが、話が伝わる村上地区(常陸風土記の丘の近く)は、龍神山のふもと。
今は採石場として山が二分され、見る影もなくなっている龍神山ですが、雨を降らす神様を祀っていた山。 → 水が豊富に湧いていたと考えられる。
話が伝わる村上地区には、佐志能(さしの)神社という古いお社があります。その一の鳥居近くには「御神水」の石碑があって、未だに少量ではあるものの清水が湧き出しているとのこと。
さて、 『子は清水』→『こはしみず』→『こわしみず』→『強清水』
『強清水』という地名は、水がたくさん湧く土地に付けられると聞いたことがあります。
例えば、つくば市内だと金田(こんだ)の『強清水地区』。中世の小田氏の城、金田城跡の下の辺りです。
今も、実際水が湧いていて、つくばの名水にもなっていて今も水が汲めます。
ちなみに金田城は別名、強清水城とも呼ばれていたそうです。
さて、酒どころ石岡の酒造所は4つあり(順不同)
・府中誉 <府中誉(株)>
・白菊 <白菊酒造>
・筑波・壽山(じゅざん) <石岡酒造>
・富士泉(ふじいずみ)・清韻(せいいん) <藤田酒造店>
このうち、4つめの藤田酒造店は、石岡市観光協会HP)によると、寛正3年(1462年)の創業とのことで、なんと約550年の歴史があるとのこと。
ちなみに、酒造メーカーで創業が一番古いのは、
1、創業 平安時代(1141年) 須藤本家 茨城県友部町 (「いばらきの銘酒地図」 西海一人著 筑波書林)
2、創業 室町時代(1462年) 藤田酒造店 茨城県石岡市 (上述)
3、創業 室町時代(1487年) 飛良泉本舗 秋田県にかほ市 (秋田県酒造協同組合HPより)
※以上の順位は、一昨年長野県大町市にある『酒の博物館』に行った時、館内の展示でもこう書かれているのを見ました(^^)v
創業が古い、1位、2位が茨城の酒造所なのです!\(^o^)/
最古の須藤本家は平安時代後期(保元の乱の前)、二番目に古い藤田酒造店は室町時代(応仁の乱の前)
どやぁ! ( ̄∀+ ̄)v
2.牛久 下根地区に伝わる 『酒島(さけしま)の霊泉』
下根地区の五十瀬(いそせ)神社にまつわる話。
境内には「酒島村霊泉之碑」があり、酒がわき出たという言い伝えがあります。
【あらすじ】 いくつかバージョンがあるようです。
その昔、大雨が降って洪水が起きた小野川から、おみこしが流れてきました。それを村一番の働き者の八兵衛が見つけて川から拾い上げ、田んぼの真ん中の島にお祀りしました。信心深い八兵衛さんは、欠かさずお参りをし、沸いている泉の水を汲んで、病気がちだったおじいさんに飲ませたところ病気が回復しました。霊験ある神社の泉としてうわさが村中に広まり、村人たちが祈願にあつまると、良いお酒の匂いがしてきて、泉の水を飲むと、なんとそれは美味しいお酒でした。村人たちは喜び、参拝者も集まって、村は賑わったそうです。そして、酒が湧く泉がある島ということで、村は『酒島村』と呼ばれるようになり、泉はいつしか「酒島の霊泉」と呼ばれ
ようになったそうです。
牛久市立下根中学校と小野川の間に五十瀬神社があり、もう枯れてしまっていますが、古井戸があるとのこと。
また、JR常磐線 ひたち野うしく駅に 物語の4つの場面をあらわしたモニュメントと説明版あります♪
その一つに酒を酌みかわす村人達の像と、小さなお神輿の像があり、西口に村人達の像、東口に主人公 八兵衛の像があります。
ひたち野うしく駅の近くにお住まいの方、一緒に酒盛りなど、いかがでしょう(≧▽≦)
五十瀬神社と、ひたち野うしく駅は行ってみたレポート
→ 大人の♪いばらき おとぎ話1-(2) 『酒島の霊泉』を訪ねて
残念ながら牛久では、日本酒の地酒を造る酒造所はありませんが、日本初の本格的ワイン醸造場にして、日本のワイン発祥の地のひとつ、牛久シャトー・シャトー神谷(国指定重要文化財)ありますよね♪
牛久ブルワリーは、地ビール(牛久シャトービール)も製造してます。
3.下妻 高道祖(たかさい)地区に伝わる 『弥六が清水』
下妻も、『ビアスパークしもつま』には地ビールを作る『しもつまブルワリー』があります。
また、個人商店で地酒を醸造している所(徳田酒店『嶺湖(れいこ)』、下妻産の米で筑波山系の水を使っているとのこと)もあり、隠れた酒どころではないかなと思います。
その下妻は高道祖地区に伝わるお話です。
【あらすじ】
昔、高道祖の村に、弥六(やろく)という働き者の奉公人がいました。毎日、木の枝や柴を刈りに山に入っていました。が、ある時から、真っ赤な顔をして酔って帰ってくるようになりました。
不審に思った主人が、ある日、山に入る弥六の後をこっそりつけて行きました。弥六は、草や木をかき分けて水が湧く泉に近づくと、その水を飲み始め、みるみる赤い顔で酔って行きました。驚いた主人が近づいて『どうしたんだ?』と弥六に尋ねると、弥六は『これは自分にとっては酒なんです』と答えます。でも主人が飲むと、ただの水でしかありません。
そんな日が何日も続き、とうとう腹を立てた主人は、その泉におしっこをしてしまいました。
すると、その後は弥六が飲んでも誰が飲んでも、ただの水しか湧かなくなってしまったそうです。
その淵は今でもあって、『弥六が清水』と呼ばれているそうです。
う~ん、よりによって・・・(^m^)
まあ、現実に戻っちゃったということでしょうか。
・・・ということで、今回は、茨城の地酒を支える5つの水系のうち、まずは筑波山系と鬼怒川水系から、お酒にまつわるおとぎ話3つををご紹介しました。
上述の3つのお話のうち、2つ目の『酒島の霊泉』が伝わる、牛久市下根地区を訪ねてみました。
そのレポートは次回(^^) → 大人の♪いばらき おとぎ話1-(2) 『酒島の霊泉』を訪ねて
******************************
参考文献
・「いばらきの銘酒地図」 西海一人著 筑波書林
・「茨城の史跡と伝説」 茨城新聞社編 暁印書館
・「常陸の伝説」 藤田稔著 第一法規出版
・「いばらき民話のふるさと」 読売新聞社水戸支局編 鶴屋書店
・「茨城県の民話と伝説 上」藤田稔著 有峰書店
・「石岡市の昔ばなし」 仲田安夫著 崙書房
・「牛久市史 民俗」 牛久市史編さん委員会
・「牛久市民俗調査報告書Ⅲ-下根・柏田・東狸穴の民俗-小野川沿い集落の生活-」 牛久市史
編さん委員会
・「牛久むかしばなし5 酒島の霊泉」 牛久のむかしばなし刊行物編集委員会 牛久市立中央図書館
・下妻市史・別編・民俗
・「定本 茨城の民話」(第1集・第2集) 日向野徳久編 未来社
参考HP
・茨城県酒造組合 http://www.ibaraki-sake.or.jp/
・石岡市HP http://www.city.ishioka.lg.jp/
・石岡市観光協会HP http://www.ishioka-kankou.com/
・秋田県酒造協同組合 http://www.osake.or.jp/
この記事へのコメント
さすがはつくばのミステリーハンター、かるだもんさん!
いいですね~お酒を深く味わえる、イイお話です(*^^*)
茨城の地酒、掛け値なしで美味しいと思ってます。すべての酒蔵を回るのは不可能と思います。が、いやでもやってみたいなぁと思いました。
水が美味しいのもまた茨城、ということなんでしょうね♪
そして先日ツイッターで、大甕饅頭の話から発展して常陸太田の真弓神社にある爺杉の話をさせていただいたと思います。その後帰りすがら、気になっていた日立の泉神社というところに寄ったのですが、そちらの湧水は実に見事でした。
泉神社には残念ながらお酒にまつわる伝説はありませんでしたが、こちらの記事がすべて湧水絡みのようで、ふと思い出しました。
伝説はなくとも、あの泉の前でお酒など頂けたら至福に違いありません(笑)。
わたしは運転でしたので、隣の泉が森公園で地下水を汲んで帰り、家で焼酎を割って美味しく頂きました!
またお酒にまつわる伝説なども期待しております~!
いいですね~お酒を深く味わえる、イイお話です(*^^*)
茨城の地酒、掛け値なしで美味しいと思ってます。すべての酒蔵を回るのは不可能と思います。が、いやでもやってみたいなぁと思いました。
水が美味しいのもまた茨城、ということなんでしょうね♪
そして先日ツイッターで、大甕饅頭の話から発展して常陸太田の真弓神社にある爺杉の話をさせていただいたと思います。その後帰りすがら、気になっていた日立の泉神社というところに寄ったのですが、そちらの湧水は実に見事でした。
泉神社には残念ながらお酒にまつわる伝説はありませんでしたが、こちらの記事がすべて湧水絡みのようで、ふと思い出しました。
伝説はなくとも、あの泉の前でお酒など頂けたら至福に違いありません(笑)。
わたしは運転でしたので、隣の泉が森公園で地下水を汲んで帰り、家で焼酎を割って美味しく頂きました!
またお酒にまつわる伝説なども期待しております~!
Posted by ゆーぢ at 2015年05月18日 17:52
ゆーぢさま
ありがとうございます(*^^*)
県北の方についても、お酒に関する昔話、伝説を調べてるのですが、意外と少ないんです。文献になってないだけなのかもしれませんが。
日立の泉神社は行ってみたいと以前から思ってます!写真で見ても綺麗で神秘的な泉ですよね。
泉神社の近くの地下水を汲まれて、焼酎で飲まれたとのこと、さすが、ゆーぢさん(^o^)v
ゆーぢさんのお宅の方でも、お酒に関する昔話がありましたら、是非ご教示くださいませ!
ありがとうございます(*^^*)
県北の方についても、お酒に関する昔話、伝説を調べてるのですが、意外と少ないんです。文献になってないだけなのかもしれませんが。
日立の泉神社は行ってみたいと以前から思ってます!写真で見ても綺麗で神秘的な泉ですよね。
泉神社の近くの地下水を汲まれて、焼酎で飲まれたとのこと、さすが、ゆーぢさん(^o^)v
ゆーぢさんのお宅の方でも、お酒に関する昔話がありましたら、是非ご教示くださいませ!
Posted by かるだもん at 2015年05月18日 19:50
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