八代集に収められている筑波山の歌~(2)後撰和歌集にある筑波山



日本最古の歌集 『万葉集』 以降に編纂された八つの勅撰和歌集(天皇や上皇の命で編纂された和歌集) 「八代集」
・古今和歌集 ・後撰和歌集 ・拾遺和歌集 ・後拾遺和歌集 ・金葉和歌集 ・詞花和歌集 ・千載和歌集 ・新古今和歌集
に歌われる、『つくばやま・つくばね (筑波山・筑波嶺)』の歌を見ていくシリーズ。

前回 → 八代集に収められている筑波山の歌~【1】古今和歌集にある筑波山

第二回目の今回は、後撰和歌集にある、筑波山の歌を見ていきます笑


(2)後撰和歌集

後撰和歌集は、村上天皇の下命によって編纂された勅撰和歌集で、古今和歌集に続いて二番目の勅撰和歌集です。
天歴五年(951年)に撰集が開始され、天徳二年(958年)以前に完成したとされています(文献1)。 
藤原伊尹(これただ/これまさ)、清原元輔、源順、紀時文、坂上望城が撰集。       
二十巻・総歌数1425首です。
        
その中で、筑波山(つくばやま)、筑波嶺を歌う和歌が以下の4首です。      
        

① 675番 詠み人知らず  今はてふ心つくばの山見れば こずゑよりこそ色変わりけれ

② 686番 詠み人知らず  人づてに言う事の葉の中よりぞ 思ひつくばの山は見えける

③ 776番 陽成院 筑波嶺の峰より落つるみなの川 恋ぞ積もりて淵となりける

④ 1150番 詠み人知らず 限なく思う心は筑波嶺の このもやいかがあらむとすらん



776番の陽成院の歌は、百人一首にもある有名な歌なのでご存じの方も多いでしょう。

それ以外の、詠み人知らずの3首も興味深い歌で、
この3首に共通なのが、かけことばと言いますか、ことばの遊び心がとても感じられると私は思いますハート

先に見た古今和歌集では、
筑波山は、恩恵を表す歌枕の地
でもありました。

今回見る後撰和歌集では、
つくば」の「つく」がかけことばとして歌われていている歌が、4首中3首あります。

実際、文献1では、
筑波山・筑波嶺は、『心を付く』 『心を尽くす』 『思ひを付く』と掛けて歌われることが多い
と説明されています。

3首はいずれも詠み人知らずですが、ストレートに気持ちを歌うより洒落が効いていて、
歌を貰った方も、思わずニヤリとしたかもしれません。

では、具体的に見ていきましょう。


********
① 後撰和歌集 675番 詠み人知らず:


かれがたになりける人に、末もみぢたる枝につけてつかはしける

今はてふ心つくばの山見ればこずゑよりこそ色変わりけれ


文献1より
 かれがたになりける人:疎遠になりつつある人 『かれ』は『離(か)れ』
 末もみぢたる:葉末の方が紅葉した
 つけて:歌をつけて
 今はてふ:「今はお別れ」という
 心つくばの山: 「心つく」と「筑波山」を掛ける

更に文献1では、
『こずゑよりこそ 「梢」と「来ず」を掛けているのが眼目』
と云います。

『色変わりけれ』は、木の葉がうつろい変わったのと男の心が変わったのを掛けているとのこと。

八代集に収められている筑波山の歌~ 【2】後撰和歌集にある筑波山
(写真は2019年11月撮影。筑波山中のモミジ)

文献1によると、歌の意味は、
「今はお別れ」というお心がつく筑波山ならぬあなたを見ますと、梢の方から紅葉するように「来ず」ということからお心の色が変わったようでありますよ
と解説されています。

・・・すみません、文献1の説明は、正直まわりくどくて 丁寧過ぎて、無粋な私はどうもピンときませんが(^^;)、

つまり、心変わりして最近訪れなくなった人に、葉先の色が変わり始めた枝を送って、

今は果ててしまった心を表すつくばの山を見れば、やはり来ないことを象徴するように、木の葉の色も変わってしまってます
もしくは、
もう別れようという気持ちが取り憑いているあなた(つくば山)を見ると、やはり来ないことを現すように、山の梢は色が変わってしまってますね

ということでしょうか・・・汗

それにしても、かけことばの、
●『心』ー 『付く』= つく(つくばのやま) →  『(あなたの)心』=『つくばのやま』

●『つくばの山』 は 『見る』 もの

●『梢(こずえ)』 → 『来ず』、『来ない』

●『(葉の)色変わりけれ』=心が変わってしまった


これらの表現の綾が特徴的で、心変わりした人を、詩的な表現で嘆いてるのか、恨みを伝えているのか、諦めなのか、実は清々しているのか?・・・いろいろ想像が膨らみます。



********
② 後撰和歌集 686番 詠み人知らず:

はじめて人につかはしける

人づてに言う事の葉の中よりぞ 思ひつくばの山は見えける

意味は、文献1より
人づてにお贈りするこの言葉の中から、あなたに心に付ける筑波山ならぬ私の思いは自然に見えることでありますよ』

八代集に収められている筑波山の歌~ 【2】後撰和歌集にある筑波山
(写真は、筑波山西麓 国松付近から見た筑波山。2021年3月撮影)
つまり、
はじめて もしくは 改めて人を遣わした時の歌で、
人を通して贈る言葉の中からも、私のあなたへの思い(私の思いが付く=つくばの山)は見えるでしょう
ということでしょう。

この歌も、

●思ひ ー つく(つくばのやま) 

●『つくばのやま』 ― 『見る』もの

●『(ことのは)葉』 ― 『思い』 = 心 = つくばのやま(の木々)

が、共通の表現です。

ところで、筑波山は上の写真でも分かるとおり、関東平野にそびえる独立嶺で目立つので、どこからでもキラキラバッチリキラキラ見えます。
筑波山を『私の思い』に例えることは、『思いはモロ見え、丸出し』ということ(笑)でしょうか?(← 多分違いますね汗

当時、遠い都に住んでいた人が、イメージで『つくばやま』にかけて歌ったのか、はたまた実際の筑波山を知っている人によって謳われていたのか、状況によって歌の持つ雰囲気も違って受け取れるのも楽しいグッド

でも、やはり、独立峰でどこからもバッチリ見える筑波山ですから、

『つくばのやま』=『よく見える山』=『伝わりやすい思い・伝えたい気持ち』

に繋がってるのかも?・・・な~んて、思っています。


********
③ 後撰和歌集 776番 陽成院

釣殿のみこのつかはしける

筑波嶺の嶺より落つるみなの川 恋ぞ積もりて淵となりける


百人一首にも歌われている有名な歌です。

『釣殿のみこ』とは、光孝天皇の皇女で、綏子(すいし)内親王のことで、この歌を歌った陽成院に嫁します(文献2)。

八代集に収められている筑波山の歌~ 【2】後撰和歌集にある筑波山
『みなの川』は、筑波山の男体山と女体山の間を流れる、男女川
ちなみに、筑波山南麓(つくば市)側にも、筑波山北麓(桜川市・真壁側)にも、『男女川』があります。キラキラ
どちらの川を歌ったのかは不明・・・と言いますが、遠い京の都から、想像の翼を広げて歌われた歌なので、
筑波山の男体山・女体山の間を流れる川ならば、どちらでも良いわけですちょき

(写真は、筑波山南麓の方の男女川の水源の1つ。2016年撮影)


さて歌の意味は、文献2の解説をそのまま引用しますと、
筑波山の峰から流れ落ちる みなの川の水が、つもりつもって深い淵となるように、あなたを思うわたしの恋も、ほのかな思いから今ではつもりつもって、淵のように深くなっていることだ

この歌は、『万葉集』3392番 の歌
筑波嶺の岩もとどろに落つる水 世にもたゆらにわが思わなくに
に影響を受けたとも(文献1)云われ、文献2でも対比して語られています。

ちなみに、万葉集の歌の意味は、文献3より、
『筑波山の、岩もとどろきつつ落ちる水のように、絶えてしまうなどとは全く思わないことだ』
とのこと。
つまり、『私の思いは、筑波山の、岩をとどろき落ちる流れのように、絶えてしまうなんてあり得ない!』
という熱い想いの歌のようで、深く静かな印象の、陽成院の歌と対比的だとされています。
(陽成院の歌も、静かな表現の中にも、熱い想いは伝わってくるように、私には思えますが・・・)

陽成院は、貞観十年(868年)に生まれ、清和天皇第一皇子、母は二条后(藤原)高子。
貞観十八年(876年)わずか8歳で即位、元慶八年(884年)に『狂病のため』16歳の時に廃され、でも長生きで天歴三年(949年)82歳で崩じました。
この歌は、天皇を廃された後に、後に后となる綏子内親王に贈った歌です。

陽成院は、わずか8歳〜16歳までの在位。数え年ですから、今なら小学校低学年〜中学生の年齢の間の在位。
この歌は退位した後、二十代中頃に作られ、のちに妃になる綏子内親王に贈った歌。

残念なことに、在位中に悪行が伝えられる陽成院ですが、この歌はとてもきれいで純粋な気持ちハートが伝わってくるように感じます。
(だからこそ、小倉百人一首に選ばれた歌!

ドロドロの権力の世界。もしかすると、何かいろいろあったのかもしれませんね・・・。


********
④ 後撰和歌集 150番 詠み人知らず:

人の裳を縫はせ侍に、縫ひてつかはすとて

限(かぎり)なく思(おもふ)心は筑波嶺のこのもやいかゞあらむとすらん

文献1より
あなたのことを限りなく覆う私の心をつけておきましたこの裳は、どのようになりましたでしょうか、気になります

つまり、
心を込めて縫い上げたこの裳は、いかがでしょうか (お気に召したでしょうか)
という問いかけを歌にしたのでしょうか。

●思う・心 → 付く(つく) → 筑波のやま、筑波嶺

●この裳 → このも →  古今和歌集にある常陸歌 『このもかのも(この面かの面)に蔭あれど』が背景にあり、『も(裳)』と『も(面)』をかけている(文献1)
 前回の記事
(古今和歌集にある常陸歌…ということは、地元常陸国をはじめ、よく謳われていたみたいですね!?)

● つくばのやま―見れば、見えける

やはりこれらが、共通の表現です。

八代集に収められている筑波山の歌~ 【2】後撰和歌集にある筑波山
(写真は2013年2月撮影。石岡市まちかど情報センターの『いしおか雛巡り』展示のひな人形)

ところで、文献1によると『裳』は当時の男性の礼服とのこと。
でも、平安時代以降の、宮中の女房の長いスカートのような衣服も『裳』と呼ぶようなので、この歌が男性用の衣装について歌っているという根拠は何なのでしょう?

でもまあ、現代でしたら、男女どちらの場合も使えそうです。
特に、着る物(特に手作りの服、浴衣や、手編みの服など)等を贈った時は、この歌を添えると格調高く感想を求めることが出来そう!?ちょき

*****

以上のように、詠み人知らずの3首に共通する『つくばやま(筑波山)』を使う時の使い方、つまり洒落のような表現があるのが分かりました。

和歌における『筑波山・筑波嶺』の使い方や意味がまた一つ加わった感じですちょき

次回は、『拾遺和歌集』、『後拾遺和歌集』、『詞花和歌集』にある筑波山の歌です。

続きます。

 → 八代集に収められている筑波山の歌~【3】拾遺・後拾遺・詞花和歌集にある筑波山


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【参考文献】

1. 『古今和歌集  新日本古典文学大系6』 岩波書店

2. 『鑑賞 第7巻 日本古典文學 古今和歌集、後撰和歌集、拾遺和歌集』 角川書店

3.[『万葉集 全訳注 原文付(三)』 中西進 講談社文庫

4, 『八代集総索引 新日本古典文學体系 別巻』 岩波書店

5.『筑波誌 <筑波山神社版>』 杉山友章 著 崙書房

  5には、筑波山を歌った歌・和歌が数多く紹介されています。










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